きっかけは小麦だけのパン

秋月蓮華

きっかけは小麦だけのパン

私と彼女は幼なじみ。

ご近所さん、子供なんて殆ど居なくて子供通しも親通しでも祖父母でも顔見知り状態、そんな田舎の片隅で暮らしてる。


「小麦だけでパンが作れるんだって」


「……小麦だけで? 煎餅系?」


「ふわふわのパンだよ。お母さんの友達が話してた」


小学生のころ、ご近所の畑にある咲き誇った一本の梅の木の下でレジャーシートを広げて、その上に私と彼女は座っていた。

地区で同年代の女の子って私と彼女だけで、それなりに私と彼女は気があったから、一緒に遊んでいた。

私の方がお母さんで彼女の方が娘、これは交代で役割は変わる。

適当に読んだパンの本だと小麦だけでパンを作るとせんべいみたいになるとかあったのだが、


「本気?」


「本気みたい。自然派ー? みたいな?」


彼女は噂を教えてくれたけれども、自然派って山で狩りでもしたり、自給自足でもするタイプだろうかなんて、当時の私は想っていたものだ。


「ご飯よ。パンで目玉焼き付き」


「テレビでやってた洞窟で食べるパン」


彼女が持ってきたおままごとセットにあった作り物の目玉焼きとパンを皿に乗せて彼女の前に差しだした。別の食器には草とタンポポを乗せる。

彼女は目玉焼きを食パンの上にのせていた。毎年やってるよな、これなんて父さんが言っていたテレビでやっていた映画、それからだろう。


「毎年、やってるらしいよ」


「もこもこが出て来てねこバスに最後の方に載ってる映画も毎年してるよ」


「ここよりも田舎だよね。映画の」


食べるフリをしていた彼女と話した。噂をしていたのか近所のぶちの野良猫が横を通り過ぎていく。

猫は私を見た途端、 逃亡した。逃亡したぞ。あの猫め。




彼女とは幼なじみだったが、中学校に上がってからは疎遠になっていった。と言うのも、小学校はその地区一つだけだったが、

中学校は町の地区、全部が集まった中学校だったらだ。行き帰りはバスだ。彼女の方は運動神経があったからバレー部に入り、

私の方は時間を好きに使いたいなーと家庭科部に入った。時間を使いたい割りに家庭科部、と言う矛盾だが単純に学校が全児童部活強制入部だったのだ。

逃げ道としてあったのが文化系とも取れる。そこでゆるっと過ごして三年間、彼女とは行き帰りのバスで会話をするぐらい、私も彼女も別のグループに

所属していたし、クラスも一年の時は一緒だったが、後は別々だったのだ。

高校も同じだったが学部が別、さらに会話をしなくなった。私は普通科で彼女は進学科、高校は帰宅部があったので帰宅部に所属した。

田舎なので、高校の通学は父の車で、そして父の方は仕事があったから、私が父合わせで帰らないといけないのが、珍しくなくて、

その間の時間つぶしは町の図書館だった。町の図書館は高校から徒歩十分ぐらいで行けた。小さめの図書館だったが暇はつぶせる。


「……パンか」


たまたま料理の本が集まっている本棚の前を通りかかったら、パンの作り方の本があったのだ。

美味しいパンの作り方、回りには他のパンの作り方の本、読みやすそうなパンの本を取ってみれば、私にでも出来そうで、さらに隣の隣には、

小麦だけで作るパンの作り方の本があった。


「てんねんこーぼ……」


読んでいた小説であったっけ、イースト菌とかで発酵させるけれど、果物とか切って水にぶち込んで瓶に入れて放置したら、酵母が出来てそれでパンを

膨らませるっての。

別の小説だったら小麦を捏ねて放置したら空気中の酵母が勝手にくっついてパンが膨らんだとかあった。

だけどそれだとランダムすぎたから安定した酵母を求めて今があるらしい。

私は本を何冊か手に取った。図書館の貸し出しカードはある。時間は有り余るって分けでもないからあるから、パンを作ってみることにしたのだ。

そして作ってみたら出来た。どうやら小麦だけでパンが出来るのは本当のようだった。やるな、自然派。




凝り性だったのか、私はパン作りにはまった。パンは自分で食べることが主だけど、父母やら祖父母に食べさせることもある。

その日も私は小麦だけで作ったパンを焼いていた。

父母も祖父母も近所の会館に集まってご近所さんと宴会の日、オーブンから取り出した。

良い出来だ。小麦で酵母を作って小麦を捏ねて、丸めて焼いただけ。

シンプルイズベスト。パンが出来たことだし、私は一息つくために外に出た。

近所を散歩する。

時刻は夕方だけど、春先なのかまだ暗くて寒い。


「久しぶり」


声をかけられた。

年を取って花が咲くのか? と噂されていた梅の木の下に彼女が居た。私は私服、彼女は制服だ。


「ん。久しぶり。どうしたの」


「家の方が騒がしくて」


ああ、と私は想う。ご近所の噂は強い。彼女の家の父母が熟年離婚でおば……お母さんの方が家を出たお兄さんの方と共に住むとか、

彼女から聞いていなくても、聞こえるもんだ。


「そかー。お腹空いてるならパン食べる? 小麦だけで作ったパン」


「出来たんだ」


「パン作りに凝ってるの」


「凝るときは凝るよね。食べる」


食べてくれるらしい。家の問題に触れるタイミングは熟考することにして、出来たんだと言ったと言うことは彼女も、

あのときを覚えていたと言うことで、それが嬉しかった。

家に招いて、茶の間に彼女を通して座って貰って、焼きたての小麦だけのパンを出した。

彼女が食べた。


「……パンだ」


「パンだよ」


「――パンだね」


「パンだってば」


言い合って。

笑い合った。


「いっそ、パン屋でもやれば」


「将来の片隅に考えとくー。そっちは、勉強とかどう」


「進学科はやってることはきついかな」


私もパンを頬張る。今日のは良い出来だ。この前のは焦がした。

彼女と私、久方ぶりの長い会話をしそうだけれども、それはそれで、面白ければ、良いのだ。




――まさかでも、高卒後、いくつもあって彼女と同居してパン屋をすることになるとは想わなかったけれども。

どうしてパン屋をなんて聴かれたら、ままごとのお陰です、とは、答えてる。



【Fin】

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