病室

この病院にもゾンビウイルス患者が収容されている。B棟の5・6階。

キリヤマはそう言っていた。

B棟の構造上、5・6階に直通のエレベーターがあるためだ。

今マサチカがいる個室はA棟の上階。

3階の渡り廊下からB棟に行き、非常階段を使えばそこまで行ける。

元来そこへの侵入は御法度だが、不可能ではない。


この病院はある意味ゾンビ研究の最前線の近くにいる、という。例の治験を行った製薬会社との癒着が噂されているとの話もある。どこまで真実かはわからない。


「この治験には問題があった、終わってから俺は知らされた」

キリヤマの口からそう聞かされ、マサチカの心がざわつく。初めてこの男の弱い声を聞いた気がするから。


キリヤマは闇医者と知り合った経緯とその医者経由で治験の話を持ち込まれた事、兎に角急だったため目についた若い男に片っ端から声を掛けた事を淡々と話した。


「医者は『蜂もミドリムシも自然由来の成分なんだし副作用なんて大したことない』みたいなことを何度も繰り返してた」


正直マサチカもそこは少し不安があった。

それは薬というより健康食品ではないか、とはタカサカも言っていたから。


「………メインはむしろ治験後に毎日飲まされてたサプリの方ですか」


多分泊まり掛けの治験は被験者の個人情報の収集と身体検査がメインで蜂とミドリムシはあくまでおまけ。実際の効果に関しては現段階ではそれ程期待されていない。


「でもあのサプリ、ケースはただのビタミン剤でしたよね。蜂とミドリムシワクチンの副作用を最小限にするために一定期間飲んで欲しいって言われて最終日にまとめて渡されたんですよ」


マサチカは真正面から切り込もうと思った。


「今知り合いにこっそり調べさせてる、今は飲まなくて良いよ」


キリヤマはそう言った。枕元に置いたカバンに2人同時に目をやった。多分そこに入れっぱなしだ。


「僕以外の治験参加者は大丈夫なのでしょうか」


その問いの答えは濁された。


そこで両親が到着し、キリヤマは頭を下げて去っていった。


マサチカは医者の判断で個室から2人部屋に移動になり、親から着替えや必要な物を持ってきて貰った。スマホを充電してみると、友人達からメッセージが沢山届いていた。

ロビーでならスマホの利用は許されるが、余りの数にどう返信して良いかわからずそのままにしている。

まだ退院は出来ない。

強い光を見ると目眩がするし、体調は決して良くない。

しかし原因不明、理由は医者からも濁されたままで、友人達にどう返信して良いかもわからないから。


同室だったのは偶然にも同じ治験の参加者だった。例のバンドマンだ。やはりあの治験の参加者は皆、おかしくなっているのだろうか。


彼はマサチカ以上に体調が悪いらしく、車椅子でないと移動出来ないそうだ。


「マサチカさん、あの工業大なんですか?実は俺の高校の後輩もこの春からあそこに進学したらしいんですよ」


彼は弱々しい声でそう言った。そして妙な事を言い出した。


「ここの病院にもゾンビウィルスの患者が隔離されてるって言うじゃないですか」


それはキリヤマも言っていた。


「何度も何度もゾンビウィルスに罹患しては繰り返しここに収容されてる伝説の患者がいるって噂を聞きました。ぶっちゃけその人で人体実験すればワクチンなんてあっさり作れそうなのに不思議な話っすよね」


それが事実ならその人を見てみたい。マサチカはそう思った。

今までの自分ならそんな余計な事に首を突っ込もうなど考えなかったと思う。

しかし何故か、その時は「病院を探検するのも悪くない」と考えたのだ。

そう、目覚めてすぐくらいは「良くなるまでゆっくり本でも読もう」と思っていたはずなのに。


しかしこっそり忍び込んだつもりの隔離階で再び倒れてしまい、マサチカは再び面会謝絶となった。


何故か体が思うように動かない。


なんでだろう。


もう自分のからだじゃない、そんなきがする

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