ミサトとミユ
晴れた土曜日のことだ。
今日は仕事も無い。
本来土日も関係ないサービス業ではあるが、ミサトの働く店舗はオフィス街にあるためなのか週末は平日に比べると大分客も少なく、皆で調整し合って上手くシフトを組めば休む事も不可能ではない。
ただ、こんな日に限って旦那は土曜出勤だ。
でもせっかくの休みだ。ミサトはお弁当を作って娘のミユと出掛ける事にした。
行き先は品川駅と田町駅の丁度ど真ん中にある大きな公園。
少し前にミサトの店で働く大学生に教えて貰った。
そこはフットサルコートもある程に広いらしく、彼は時折友達と行くこともあるそうだ。
大井町からは一駅だけであとは歩いたらすぐですしお子さん連れて行くのに悪くないと思いますよ、と彼は言っていた。
下水処理施設の真上にある、とホームページで見たが、実際行ってみるととても綺麗な公園だった。まさか品川や田町のオフィスビルの隙間にこんな場所があったなんて。
案外近場だったのに知らない事もあるものだ。
「わあ、お花綺麗だねミユちゃん」
小さな娘と手を繋いでゆっくり広い公園を歩く。
3歳になったばかりの娘は今日はとても機嫌が良い。
ビオトープを覗き込んで「変な虫がいる」と指差す。
全く見たことがない虫で、そしてミサトは虫が苦手だった。
「今日は触っちゃ駄目、今度お父さんが一緒の時にね」
そう言って手を引くと少し不満げな顔を見せたがすぐに他の物に目が移る。
子供はいつも忙しい。
多分頭の中は大人より遥かに忙しい事もあるのではないか、と思うことが時折ある。
少し歩いた先に小さなバラ園があった。
雑誌か何かの撮影だろうか、綺麗な女の子がカメラマンに乞われるままポーズを撮っている。
ミサトにもあのように若く輝いている頃があった。
今もゾンビに対する不安さえ別にすれば仕事にも家族にも隣人にも友人にも恵まれて幸せな環境にいるし不満も無い。
どうやらこのバラ園の辺りが公園の最端部に近いらしい。スマホの地図アプリや看板で確認すると、こちらは品川駅というよりは田町駅に近いようだ。
どこか広いところに戻ってレジャーシートを敷いてお弁当を食べよう。
そう考えながらミユの小さな手を引いて歩く。
すると遠くから叫び声が聞こえた気がした。
なんだろう?
思わず指先に力が入り立ち止まる。
向こうから多くの人がこちら側に逃げるように走って来るのが目に入った。
「ゾンビだ!」
その声が耳に届くなりミサトはミユを抱き上げ走り出した。
どうしても早くは走れない。
背後で人の叫び声が聞こえる。
しかし誰かがゾンビを攻撃したような鈍い音も聞こえた。
立ち止まってはいけない、と思いながらも気になってふと振り返ると、先程見掛けたカメラマンとそのアシスタントらしき若い男性が三脚を使ってゾンビを倒していた。
モデルの若い女の子は少し離れたところから電話を掛けていた。
公園の管理人か下水処理施設の人間だろうか、作業着の男が少し遅れて武器のような物を持って到着した。
ミユからゾンビが見えないように抱き直すとミサトは方向転換をしてそこから更に離れた。
少し久しぶりにゾンビを見た。
心臓がバクバク言っているが、ミユのためにも落ち着いて行動しなくてはならない。
少し歩いて別の小さな公園に行く。
そこのベンチでお弁当を食べようと思い荷物を開いていると、救急車が先程までいたあの大きな公園の方に向かって走って行くのが見えた。あとゾンビを回収する保健所の白い車も。救急車が向かっている、ということは犠牲者がいるのだろうか。
運が良かった。
除菌シートでミユの手を拭きながらミサトは小さく息を吐いた。
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