ヨシダとナオ

マサチカが倒れた時、ヨシダはすぐそばにいた。

1限の同じ授業を取っていたのだが、チャイムが鳴って教室を出ようとしたところで突然あいつはゆっくりと倒れたのだった。


授業の始まる5分前、ヨシダが教室に入るとマサチカは窓際の席に座って朝ごはんを食べていた。


………寝坊したから家で食べてる暇が無かったから家にあったあんパンを掴んで来た。下の自販機でジュースだけ買ってきた。


マサチカは眠そうな顔でそう言って、ジュースで例のサプリを飲み込んだ。

確かマサチカは千葉の方にある実家から通ってきていて、通学時間は1時間あるかないかだと聞いている。

ヨシダもやはり実家から通っているが、家は都内で通学時間は30分程度だ。

「毎日約1時間、俺とヨシダの間にはその差がある。俺はヨシダが羨ましい」

マサチカはよくそうぼやいている。

しかし金銭的事情で都内で一人暮らしは難しい。

人間は不平等だ、その差を埋めるために物凄い努力をしなきゃいけない。


マサチカとは1年の時からの付き合いだ。

兎に角勉強に対してだけでなく生きる事に対して必死だ、と感じた。

一見ヒョロヒョロのガリガリでやる気が無さそうに見える。

しかしその内側は「強い」人間だなと思ったのだ。

生きるためなら少し危ないバイトをやる事位躊躇わない。


今まで真面目一辺倒、勉強ばかりしてきたヨシダに取ってマサチカは珍しい人間だった。

時に怖さや危うさを感じる事はあったが、マサチカは面白かった。


同じ授業に出ていた他の友人が急いで救急車を呼んでくれて、1限の担当講師が学生課に走って報告しに行き、てんやわんやとなった。

ヨシダは救急車の到着と共に床に散らばっていたマサチカの荷物を急いでまとめて救急隊員に渡した。

「一緒に乗っても良いですか?」

そう聞いたが「感染症の可能性もあるから止めた方が良いよ」と断られた。

マサチカの家族への連絡は学生課の方からしてくれると言う。

2限にはもう間に合わない。

自主休講を決めたヨシダは図書館に向かった。


ラーメン屋で後輩が「あのサプリが怪しい」と言い出した時、ヨシダは後悔した。

マサチカの荷物をまとめて救急隊員に渡した時、あのサプリをこっそり抜いておけば良かった。

そのサプリは海外ドラマで見るアメリカの薬のように白っぽいプラスチックのボトルに入っていた。

その側面になんと書かれていたか。

思い出そうとしているがなかなか思い出せない。

目の前でそれを見たはずなのに。


海外っぽい。


そう思ったのだけは間違いない。


「あれ多分アメリカのマルチビタミンですよ」


映画サークルの新入り、キタヤマナオはさらっとそう言った。


いつも週に1度、どこかの空き教室や大学のロビー、近隣の飲み屋、カフェ等でダラダラと語り合うだけのサークル活動。

今日は昼時の食堂で数人でミーティングと称して集まっていた。


ナオはまるで洋服屋の店員のような今時の若い女の子、と言った風情だ。

横に座っている余り化粧っけの無いシンプルな服装をした2年生のタカサカとはとても対照的だ。

工業デザイン専攻のナオは「どうしても就職したい美容機器メーカーがあるんですよ」と言っていた。


「マジで?有名なの?」

ヨシダがそう聞くとナオは「通販でなら簡単に買えます、店舗だと都心のドラッグストアか専門店に少しあるくらいじゃないですかね」とスマホを見せてきた。


「ただし中身は違う可能性があります」


ゴールデンウィークが終わってすぐ、マサチカが治験バイトから戻るのを待ってSF研究会で新歓コンパをやった。

当初の予定ではゴールデンウィーク初日に暇な有志だけで飲む予定だったのだが、折角なのでマサチカが戻るまで延期したのだった。

一先ずその時点での新入りはナオを含めて2人だけ。

元々そんな大所帯のサークルではなかった。

ナオはその時にマサチカと話をした。

そしてサプリを飲むところに遭遇したのだと言う。


「パッケージは完全にこれです。でもマサチカ先輩がボトルを開けた時にふわっと匂いがして、その匂いが違う匂いだった気がするんですよね。私のお姉ちゃんが同じマルチビタミンを持ってるんでわかるんですよ」


成る程、サプリが怪しいと思った理由は一応あるのか。


「しかも話を聞いたらあの治験、3日前位にいきなり決まっていきなり行くことになったらしいですよ。それもなんか怪しいなって私は思いました」


ナオは大学に入るに辺り怪しいサークルや怪しいバイトや怪しい勧誘、怪しい飲み会には気を付けるように家族から耳にタコが出来る程しつこく言い聞かされていたそうだ。だから治験という特殊なバイトがそんな急に決まるなんて、と違和感があったそうだ。


「むしろそれでなんでSF研究会に入ったの、こんな地味なサークルに。俺らの事は怪しいと思わなかったわけ?」


ヨシダが聞くと、ナオはしれっと答えた。


「スターウォーズに出てくるロボットが可愛くて好きだから」


うどんの汁をすすっていたタカサカが「わかる」と相槌を売った。


「スターウォーズのロボットは本当に可愛い。あとマサチカ先輩の治験バイトが結構急だったのも本当ですよ部長」


GW明けに出す予定だったレポート、簡単な奴だからマサチカ先輩は3日位で書き終えてチェックも済ませてたんだけど早く済ませておいて良かったわ、って言ってました。


タカサカはそう教えてくれた。


ナオは午後の授業が別館だというのでそこで食堂を後にした。


この芝浦キャンパスは立地は良いがキャンパスとしては物凄く大きいわけではない。

3分程歩いた場所に別館があるし、学部によっては田町ではなく都内の全く別の区にキャンパスを置いている。


「ナオちゃんは高校の時からモデルのバイトもしてるんですよ、でも授業も絶対サボらない。面白くて良い子です」


タカサカは去っていくナオに手を振り、ナオも笑顔で手を振り返す。ポーカーフェイスなナオもタカサカには懐いているようだ。


「あの子最初は映画研究会に入りたかったらしいんですけど、勧誘してきたサークルの代表にセクハラ発言されて入るの止めたんですって。SF研は私とか女子部員も何人かいたし部長も含めて皆真面目そうだったから入部してくれたそうですよ」


ヨシダはたまにマサチカと比べて自分はつまらない人間だなと思う事があった。

でも時にただ真面目である、というのも利点になるのか。良かった。

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