高輪ゲートウェイ
カガワが中学生になった頃、山手線の品川~田町間に高輪ゲートウェイという新しい駅が出来るというニュースを見た。
子供の頃から京浜東北線の大森と大井町の中間辺りに住んでいた。
東京のちょっとすみっこ、渋谷や池袋よりも神奈川の川崎の方が遊び場としては近い。そんな場所だ。
高輪ゲートウェイ。
住所だけで言えば比較的近くの出来事ではあったが学校は近所の公立、習い事や塾も全て近所で済ませ、特に友達も多くなかった中学生だったため電車に乗る機会もそれ程無かった。それ故に特に大きな感慨があったわけではない。
高輪ゲートウェイ駅は2020年東京オリンピックに合わせて作られる。
そうニュースで聞いたが、そのオリンピックさえその当時子供の自分には何年も先の話で実感が無かった。
しかし都心の高校に入ったカガワは毎日山手線と並走する京浜東北線に乗るようになり、気付けば高輪ゲートウェイ駅が出来ていく過程を毎日見せられる事となった。
完成した新しい駅は現代のガラスの城のようだ、と思う。
新しい大きな建物は全てそう見える。
そして大学も職場も期せずして高輪ゲートウェイからすぐ、隣駅の田町駅が最寄りとなり自分に取ってその真新しい駅は遠い未来ではなく現実に近い存在となった。
とは言え大学卒業に伴い地下鉄南北線沿線で一人暮らしを始めたため、地上の世界とは少し縁遠くなってしまったのだが。
オリンピックには余り興味が無かった。
しかしオリンピック期間中に起きた事件のことだけは何故か鮮明に覚えている。
水辺から仮死状態で助けられた男性が目を覚まし、突然妊婦を襲ったという事件。
時期的にオリンピックを中心とした他のニュースに押し流されテレビは勿論ネットでもすぐに見られなくなった。
むしろオリンピックのマラソン競技中、主要選手が何人も熱中症で途中棄権となりなかには重態となった選手もいたためそのニュースの方がワイドショーの中心となっていた。
あの夏、異様に暑かった事はよく覚えている。
最近何故かやたらその頃のニュースのことばかり考えている。
仕事の営業回りの途中、少し時間が空いたのでふと思い立って駅の近くの公立図書館に寄った。卒業した大学の近くにある、少し古びた建物だ。
こういう場所なら昔の新聞を見られるのではないか、と思ったのだ。
しかし短い時間で数年前の新聞を探すのは容易では無く、カガワは早々に諦めた。休みの日にもっと大きな図書館に行ってみよう、と考えた。
2020年8月13日早朝、多摩川河口付近にて意識不明の重体の男性が発見され搬送されたが男性は意識を取り戻した後同じ病院に入院していた女性(32)に暴行。男性は取り押さえられたが3日後に死亡した。女性は切迫早産となったが一命は取り止めた。
「これだ」
カガワは思わず大きな声を出してしまい、司書の女性に「お静かに」と注意された。
ふと気になってインターネットコーナーのパソコンを借りる。
警視庁が行旅死亡人のリストを公開しているページがあるはずだ。
大学の頃、悪趣味なサブカルチャー好きの友人に教えて貰った。今思えばあの友人はAVの趣味も悪かった。そんな下らない事まで思い出している。
2020年8月頃、多摩川河口周辺の病院に搬送され死亡した男。
新聞記事に名前も年齢も表記が無かったので身元不明の可能性が高い。
大田区と川崎市の両方を調べ、それらしき身元不明男性数人まで絞り込む。
カガワは新聞のコピーをスキャンし、偽名で取ったSNSアカウントに投稿した。同時に匿名掲示板にも。
………このニュース、覚えている方はいますか?今ネットではほとんど情報がありません。
なんで今この事件に心を奪われているのかは自分でもわからない。
ただ、ふとゾンビウイルスの走りのような事件だなと思ってしまったのだ。
今朝出勤するのに駅の階段を上がると、駅員が刺股で男を抑え込みながら無線で保健所への通報を指示しているのを見たのも大きい。
そして身近な先輩がどうもヤクザと関係を持っている可能性がある。
そうなった時、今までなんとなくスルーしてきた怪しい事件が突然自分のそばにあるもののような気がしてきたのだ。
例えば、ヤクザに海に沈められそうになった男がなんらかの理由で救出され、なんらかの理由でゾンビになった。
カガワの中では勝手にそんなストーリーが出来上がっていた。
それに多摩川河口周辺の病院。
自分の実家とそれ程離れた場所ではない。
もしかしたら自分の友人や親戚が巻き込まれていた可能性だってあったのだ。
そう、ゾンビは他人ではない。すぐそこにある現実なのだ。
駅でゾンビ化していた男は恐らくよく行く居酒屋の店員だ。
あの東南アジア人の若い男。
可哀想に。
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