サークルの人々
「マサチカ先輩が蜂とミドリムシ、どっちを食べたかは知らないけどさ、入院がゾンビウィルスのせいじゃないならアナフィラキシーショックとかの可能性はないんですかね」
最近入部したばかりの1年生、ナオがそう言った。
実際マサチカは虚弱に見えるし意外と好き嫌いがあった。アレルギーを疑う声があってもおかしくはない。
ゾンビウィルスではないなら、と思って朝イチでマサチカのお見舞いに行ったサークルの有志4人は病院の受付であっさり門前払いを食らった。
昼時だったので大学近くのラーメン屋に飛び込む。
「しかしミドリムシのアレルギーとか聞いたことないぞ、そもそも例の治験が終わってから何日も経ってるしなあ」
3年生で部長のヨシダが餃子に掛けるための醤油に手を伸ばす。マサチカにはいつも「部長」ではなく何故か「代表」と呼ばれていた。
「蜂は何度も刺されるとヤバイって言いますし、赤ちゃんに蜂蜜はダメって言いますしそっちですかねえ」
ナオは首を傾げる。
しかし過去に蜂に刺された人間なら蜂さんチームからは外される可能性は高いし、どちらにせよ治験から数日経っているのも事実だ。なのでアユミもアナフィラキシー説には懐疑的である。
「アナフィラキシー、ならあの変なサプリの方が怪しくないすか」
アユミと同じ2年の男子、ヤマダがそう言って麺を啜る。
「………もしかしたらあっちのサプリの方が治験のメイン、だったりして」
「ナオちゃん、怖いこと言わないで」
アユミは思わず隣のナオの肩に触れてしまう。薄い華奢な骨格だった。
「俺達世間では理系理系って持て囃されてるけど専門は工学だしバイオテロを前にするとほんと無力っすね………」
ヤマダが小さく呟く。しかしそれには全員で頷くしかない。
バイオテロ。
ゾンビウィルスは日本人が潔癖なためだろうか、それとも日本でガラパゴス化したからだろうか。
政府の統計では今のところインフルエンザに毛が生えた程度の広まり方しかしていない。
しかし罹患した時の体へのダメージはインフルエンザの比ではない激しさだ。
無論インフルエンザでも人は死ぬ。
しかしインフルエンザには短期間とは言えそれなりに有効なワクチンがある。
それに比べてゾンビウィルスは現状緩やかなバイオテロと言っても差し支えないだろう。
「今日の定例会、夜6時から大学の視聴覚室Bを借りてるからゾンビ映画でも見るか。8時位までしか使えないからホラーとかの短い映画しか見られないんだけどさ」
「すいません、今日バイトがどうしても休めなくて午後の授業出たらすぐ行かなきゃいけなくて」
ナオはスマホを見て「ヤバイ、時間だ」と言って謝りながらラーメン屋を飛び出して行った。
その背中に3人で手を振る。
1年生の内は履修する授業も多くて大変だ。
「俺とタカサカは4・5限同じ授業だよな、少し遅れるかもしれないけど先に始めてて良いですよ」
ヤマダがヨシダにそう言うと、ヨシダもOKと答えた。
「今日は確かカワイ先輩が久しぶりに顔出すって言うから色々頼んでおくわ、俺も授業あるしな」
部長が先輩に何をどう伝えたのかはわからないが、ゾンビ映画を見るはずが先輩が持ってきたDVDは少し前のヒーロー映画で、主人公の学者が実験の失敗で巨人になってしまうという内容の物だった。
その巨人は緑色の体をしていた。
そういえばこの手のヒーロー映画でやっぱり蜘蛛男の話があった。
蜂男。
非現実的だ。
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