ハルキと病室

ゾンビウイルス保菌者として恋人に通報されたハルキは晴れて病室の人となった。

1ヶ月間、ほぼ寝たままの状態で点滴を受け続けなくてはならない。

最初の半月は面会謝絶、後半の半月は許可された少ない身内のみ短時間だけ会うことが出来る。

病室は6人部屋だが他も全員ほぼ同じ時期にゾンビウイルスに罹患した連中だ。

誤差は1~3日程度。

ハルキがゾンビウィルスにやられたのが4月の事で、今はもうゴールデンウィークも越えてそろそろ退院について説明される時だ。

今朝検診に来た医者に「君は治りが早いから」と、院内の指定された場所なら点滴をつけたまま移動しても良いと言われた。

リハビリのつもりで少し歩いたら病室の同じ階にあるトイレに行くついでにテレビカードを買いに行こうかなと思ったその時である。


トイレで若い男が倒れているのを発見してしまい、ハルキは思わず大きな声で叫んだ。

場所が場所だ、思わず「死んでいるかもれない」と思ってしまったから。

その叫び声を聞いてすぐそばを通った男性看護師が駆け付けて来た。

あれよあれよと言う内にその彼は病院内のどこかに搬送されて行ってしまった。

嵐のように。

彼もゾンビウィルスの患者なのだろうか。

しかし彼は点滴を装着していなかったし、腕にはそれを引きちぎったような様子もなかった。

ひょっとしたら他の病棟の他の病気の患者なのかもしれない。


しかしゾンビウィルスの患者はほぼ全員がこのB棟の5・6階に隔離されているはずだ。

他の病気の患者や見舞いに来た身内が間違えて紛れ込んで来ないように病院の職員全員で注意を払っている、と看護師が言っていたのを聞いたから。


ふと、トイレにメガネが落ちている事に気が付いた。恐らくさっき倒れていた彼の物だろう。ハルキはすぐ近くにいた看護師を呼び止めて事情を話し、メガネを託した。

今時珍しい、分厚いメガネだ。

目を覚ました時にこれがないときっと困るだろう。


お客さんの落とし物や忘れ物には気を使うように。


昔あのカフェで働いていた時にミサトさんがよく言っていた。

安いビニール傘だって本来タダではない、大事にしている人はいるはずだから、と。

優しく真面目なミサトさんらしい言葉だ。

時々忘れそうにはなるが、思い出した時はその言葉に従うようにしている。

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