アユミとヨシダ

「なんで工業大学なんて選んだの?女なのに」

アユミは大学に入ってから散々その質問をされてきた。

中高の同級生に、バイト先の同僚に、趣味で知り合った人に、たまにしか会わない親戚に。



中学まではなんとなく美大に進みたかった。絵を描く事以上に彫刻や造形に興味があった。洋服のデザインにも興味があった。

つまりイメージを立体にする行為に心を奪われていたのだ。

昔から国語よりも数学の方が得意で高校で美術部に所属しながらなんとなく理系クラスを選んだ時、工業大という選択肢が突如目の前に現れたのだった。

工芸品が出来上がるまでの過程とは、ミシンの中身はどうなっているのか、壊れたイーゼルの補修はどうするのが1番安全なのか、印刷機の仕組みとは、カメラの仕組みとは、パズルやプラモをいかに効率良く素早く完成させることが出来るか。

そんなことばかりに気を取られていた。

第一志望は美大の工芸か若しくは建築。

最初は漠然とそう考えていたが、模試の後担任に工業大学を進められ、工業デザインというジャンルを教えられ、そして何故か機械工学の道に進んだ。

機械を作る事を考えるのはとても面白い。



父はスマホやタブレットの部品を作る会社を経営している。

しかし後継ぎはアユミより弟の方が適任だと思う。

自分は物を作るのは好きだが経営や経済や人をまとめる事には興味がないから。

恐らく美術の道を歩んでいたとしても自分は職人を志しただろう。

アユミが工学の道を目指す事を父は否定しなかった。

地方出身の頑固な男だから、女は女らしくしていろ、と言われると思ったが「好きにしなさい」と言った。

父の姉………アユミに取っての伯母はバツイチで、離婚してから子供を抱えて生活を立て直すまでにとても苦労したのだそうだ。

「姉さんの若い頃に比べればまだましにはなった。しかし女でも、むしろ女だからこそいざという時のために学があった方が良い。1番大事なのは努力だけれど、知識もあればどんな仕事に就いてもうまく立ち回れるはずだ」

父は繰り返しそう言った。

むしろ古風だったのは母の方で、アユミの進路の選択肢の中から「女の子なんだしお洋服を作る仕事とかじゃ駄目なの?機械いじりなんてお父さんに任せておけばいいのに」と何度も言ってきて、説得するのに時間が掛かった。



学費のために治験という少し危険なバイトに手を出したマサチカ先輩の闇を心苦しく思う一方で、自分は恵まれているのだと改めて思う。これは誰にも言えないけれど。



「タカサカはいつもそれ飲んでるよな」

ヤマダが指差したのはアユミが机に置いている飲むヨーグルトだ。

「体に良いんだよ」

そう答えてから残りを一気に飲み干す。

「腸内環境を整えると病気にならないんだよ、お陰で私は人生で1度もインフルエンザになったことがない」

健康でなければ勉強もバイトも捗らない。留年はしたくない。恵まれた環境にいる自分でも、流石に明確な理由なき留年は親に嫌がられるというのは理解出来ている。

「俺はお腹弱いからそういうの下手に飲むと下すんだよなあ」

そう言ったヤマダはいつもほうじ茶を飲んでいる。

「前に腹壊して病院行った時に医者に言われたんだよ、暖かいほうじ茶をゆっくり飲みなさいって」



しかしそんな胃腸の弱いヤマダは「俺の田舎じゃ普通なんだよな」と言いながら虫の佃煮を食べる。アユミには無理だ。



「ヤマダは就職の事とかどれくらい考えてる?」

何の気なしにアユミはそう聞いた。

「うーん、俺の親戚に水道関連の会社に勤めてる人がいてさあ、要するに水道工事とかの元締めみたいな事してるんだよ。現場というより工事の計画立てる側、みたいな。図面引いたりとか建築屋の管理したりとか。水道でなくともそういうインフラ関係の仕事が出来れば将来安泰かなとは思うけど簡単ではないだろうな。現実的には機械工学科よりも土木とか建築系の学科の方が有利だろうし。でもこれから危ない仕事程ロボットがやるようになるかもしれんだろ、俺はその可能性に掛けている」

「………結構真面目に考えてるんだね」

「むしろこういう専門的な学校に来る奴ってある程度明確なビジョンがある奴の方が多いんじゃないの。自由度を求めるならまた違った方に進むだろうし」

「………私は単純に物を作るのが好きだからここに来てさ。まだ2年だしゆっくり考えれば良いかなあと思って。でもマサチカ先輩が入院前に来年の就活の心配とかしてて少しナーバスになってしまった」

「タカサカは成績も良いしレポート書くのも早いし授業もめちゃめちゃ真面目に受けてるし、なんとなく院にでも行くのかなって思ってたわ」

真面目。

そうか、私はヤマダにそう思われていたのか。

アユミはゴミを捨てようと立ち上がり、ふと窓の外を見る。

空はよく晴れている。

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