アユミ

田町駅の芝浦側には運河が流れている。

その運河沿いにあるベンチでアユミはお昼ご飯を食べていた。

これは待ち合わせも兼ねている。

すぐそこのコンビニで買ったフルーツサンドを飲むヨーグルトで胃に流し込む。

ふと視線を上げると運河をゾンビが流れていくのが目に入った。あのゾンビは既に死んでいる。

どうすべきか。

一瞬思案したが、対岸のビル、2階の窓がガラリと開く。

そこから運河を覗きこんだハゲたサラリーマンが「俺が通報しとくからいいよ」と叫んだ。アユミは返事の代わりに軽く右手を振った。

確かあそこは除菌グッズを作っている会社だ。

古いビルだが下の方のフロアが事務所で上の方が研究所と聞いたことがある。

工場はここから少し離れた有明の方にあるらしい。

大手メーカーの子会社で、アユミの通う工業大学のOBがそのメーカーの関連会社に多く就職している。主に工場で使う機械の開発と整備、管理の仕事だそうだ。


待ち合わせから5分遅れてマサチカがやってきた。アユミに取ってはサークルの先輩である。

「そこのカフェにいたら店の前でゾンビが倒れてさ、大変だった」

マサチカのぶ厚い眼鏡越しの表情はわかりづらい。

「たった今、私の目の前をやっぱりゾンビが流れていきました」

「………最近少し増えてきたな」

「そうですね。で、先輩、レポートのチェックは終わったんですか」

そうアユミが問い掛けるとマサチカは頷いた。

「そんで今日のサークルはどうするんすか」

立ったままの彼をアユミは見上げた。

マサチカは身長は平均的だし細い。しかし妙な威圧感がある。恐らく目付きが悪いせいだ。メガネの度を直すように皆に再三言われているのに、いつでもそんなのどこ吹く風といった態度なのだ。

「代表がまたTSUTAYAでなんか借りてくるって」

アユミとマサチカはSF研究会というサークルに属しているが、その活動内容は主にダラダラと映画とアニメを見る会であった。


「なあ、ゾンビを完全に駆逐するにはどんな方法があると思う?」

突然マサチカにそう問われ、アユミは困った。

「うーん、私は生物学は門外漢ですからね。動物園は好きだし高校の教科書に毛が生えた程度の基礎知識はありますけど、今日本にいるゾンビがどういう生態でどういう特徴があってどういう弱点があって、ていうのはまだ研究段階ですよね。ワクチンの研究開発もまだ途中らしいですし。私は理系と言えども工学なので、でかいロボットを作ってやっつけるとか電流を流した金網で防御するくらいしか今は思い付きません」

そこまで早口で真面目に答えると、マサチカも「俺も生物学的な方向からの対策はよくわからないし工学の力でぶん殴る位しか思い付かん」と同意してくれた。

「でも、噂に寄るとワクチンの開発は大分進んでいるらしいぞ」


その噂の出典はどこだよ。


アユミはそう心の中でツッコミを入れながら蜂蜜の飴を口の中に放り込んだ。風邪が治ったばかりで声がガサガサなのだ。


一応感染初期段階………口から甘い匂いがし始めてから6時間以内………では抗生物質混合の点滴を1ヶ月続けて投与することでゾンビ化は免れる事が出来る。ある意味ノロと似ていて、ワクチンが無いので掛かってしまったら対処療法しか出来ないということだ。

しかも対処療法は初期段階のみ有用で、ゾンビ化してしまえばもう死ぬ以外の選択肢がないのだ。

なので先ずそもそもの感染リスクを抑えるためのワクチンと、せめて感染中期段階………6時間から18時間以内………辺りでも有用な特効薬の研究開発が急がれていた。



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