檻 檻 檻
私立の中高一貫某男子校。
そこは、野生児の巣窟であり、その檻は教職員によって頑丈に作られた人間サファリパークである。
どこかの教室で一人叫べば、別の教室でドラミングが始まる。
廊下を全力疾走すれば、訳も分からず追走を始める奴が5人は出てくる。
少しだけ知能を持ち合わせた、阿呆と馬鹿のハイブリッド生物群は、それはそれはとても厳しい躾の日々を送っているのであった。
― 檻 檻 檻 男 -
2019年、その年は2020年の大学入試改革前夜ともいえる混沌とした教育年である。
大学入試センター試験に代わる「大学入学共通テスト」は判然とせず、各学校は教育方針に迷い、そんな様子を気にも留めず文部科学省はカリキュラムの変更を2022年まで漸次的に変容していっていた。
その中の一つが中学校での道徳必修化である。
各中学校はそれまでのカリキュラムに道徳科目を追加することが義務付けられ、週1時間授業を増やす学校、多めにやっていた他教科の授業時間を削る学校など、様々な対応が迫られた。
多分に漏れず、人間サファリパークの某私立中高一貫男子校でも道徳の授業が設定された。
道徳の担当教員はクラス担任が受け持ち、授業実施時間は三学年共通で毎週火曜の5時間目となった。
しかし、道徳の授業。教員免許に道徳科なんてものはなく、クラス担任の教員たちは道徳の教科書だけを渡されて後は何の説明も指示も無い。通常授業よりかなり自由なものとなってしまった。
それでもどうにか授業を成立させねばならない。教員たちは考えに考えた。その中で出た一つの案が共通の教材を用いた時間を定期的に実施するものであった。音楽の合唱コンクールなどと似たようなものだろう。
それであれば各教員の授業準備の負担も軽減され、画一的な評価もしやすくなる。賛成多数で可決されたそのカリキュラムは、10月22日の祝日にも適用された。
― 檻 檻 檻 男 -
「なんで祝日なのに授業やらなきゃいけないんだよぉ」
「でも代わりに月曜は休みになったし」
「むしろ今週全部休みでいいじゃんか。めでたいんだろ?」
「だよなぁ」
「せやなぁ」
「せやなぁ」
「ほんま」
祝日というワードに乗せられて、通常の1.5倍増しでうるさい関東民の中3Bの教室は、クラス担任の一喝で静まり返った。
なんだかんだ2年以上躾けられてきた成果なのだろう。担任の一喝には逆らえなくなっているパブロフの犬たちは、クラス担任の言葉を待った。
「では、今からテレビの中継を見ます。とても厳粛なものです。皆静かに見るように」
「見たあと、思った事・感じた事を班ごとに話し合ってまとめたものを発表してもらうから、各自随時メモを取るように」
機械的な説明がなされ、野生児たちはコソコソと話をし始める。コソコソ具合もこの2年で上達し、教員に怒られない絶妙な音量を保っている。もはや団体芸だ。
クラス担任がテレビをつけると、中継はもう始まっていた。野生児たちでも分かるその厳かな雰囲気に、彼らは静かにテレビを見始めた。
― 檻 檻 檻 男 -
板張りの廊下を装束姿の人たちが歩いてくる。
その中には野生児たちでも知っている人物もいた。
彼らは定位置まで辿り着き、
誰もが知る人物だけが画面の中央に映し出される。
画面中央の人物は侍従長からお言葉書きを手渡された。
画面の先も、画面の前も、全員が息をのみ、言葉を待つ。
その人物はお言葉書きをゆっくりと広げる
書かれているものを見つめる
そして
ゆっくりと口を開いた――
「おっぱい」
一瞬の静寂のあと、一人がクスリと笑ったかと思った瞬間。
教室は、いや、学校全体が爆発した。
爆笑。爆笑。爆笑。
突如発生した混乱の渦にクラス担任は我に返り一喝する。
しかし、それでも止まらない。
彼らは間違いなく、その瞬間。新しい、はじまりの旋風を感じたのだ。
彼らは笑い、踊り、歌いはじめる。
その歌は、中3B組が合唱コンクールの自由曲に選んだ、彼らが生まれる14年も前に出た、ポップでキャッチーでウィットに富んだ自由な歌だった。
檻檻檻男-
彼らの時代も、もうすぐ始まる。
中高一貫校の某男子校。学校史上初の中3生徒会長が生まれたのはそれから1ヶ月後のことであった。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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