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「……うわあ。思った以上に非道いなこれは……」

 地面をきれいに埋め尽くしていた瓦礫からさらに進んだ先。

 乗ってきたバイクを途中で放棄して辿り着いた小高い残骸の上で、司は脱いだコートを抱え直すより先に、眼下の惨状に声をあげた。

「そうだな……」

 左手に持った檻からも、同意の声がする。

 二人が抱いた感想は同じものだったらしい。

 ただ広がる荒野。見上げる程のビルも無く、曲がりくねった線路らしき鉄骨と、遠くに鎮座する一際大きな瓦礫の山以外に目立つものはない。

 喧騒の代わりに吹き付けるのは砂埃と熱風。

 これがあの渋谷だと言われたって、そう簡単に信じられる光景ではなかった。


 そんな現状を前に二人が顔をしかめても、ここはまだ目的地ではない。

「あのでかいのが目的地、かな?」

「そうなのか?」

「さぁ」

 檻からの返答は、呆れたようなため息。司はそれに「まぁまぁ」と笑う。

「何、全く根拠がない訳じゃない。だって、位置的にあの辺りが渋谷駅だろ?」

「そうだろうな」

 その言葉と同時にリンドは体勢を変え、外の景色に目を向ける。

 自分には全くもって覚えのない景色と風に、改めて顔をしかめた。

 まったく、嫌な予感しかしない、と一人呟いて檻に引っかかっていたヒゲをどけると、檻が揺れた。

 どうやら移動を始めたようだ。まだココから出る時ではないらしい。

 きっとそれは、駅に着いてからなのだろう。とリンドは一人納得して外の景色に目を向ける。

 司の歩幅と同期した揺れの中で、リンドの目の前を瓦礫に混じった手が通り過ぎた。

 それに目を取られたのも一瞬の事。彼が歩を進める程、その数や部位は数を増す。断片的なものから、原型を留めたものまで、次々に視界へ入ってきては通り過ぎていく。

「……なあ、お前」

 通り過ぎていく景色から少しだけ目を伏せて、リンドは問う。

 散らばる彼等を踏まないように歩いていた司は、その声に「んー?」と耳だけ傾けた。

「そんなに歩いていってだな。その、こいつら弔ってやらなくていいのか?」

 弔い、ねぇ。と司は持ち主を無くした靴を跨ぎ、呟く。

 さらに一歩先には、爪を飾った腕が瓦礫から伸びている。

 それを避けると、中身を散乱させた鞄とそれを抱えた背中が見えた。

「……如何せん数が多すぎる」

 避けても避けても何かあるこの状況。

 それは、平日とはいえ、多くの人が居たという証拠だ。

 見えるだけでも相当な数になるであろう彼ら一人一人を弔うなど、途方もない話だ。

 そんな答えに、猫は檻を小さく揺らす。

 司が軽く視線向けると、丸くなった背中が見えた。

 表情を見せないその体勢で、ひどい話だ、と猫は呟く。

「俺には、いささか耐えられん」

「……確かに非道い話だな」

 見渡す限りのこの瓦礫。

 破壊の限りを尽くした、この光景。

 これを生み出したのが隕石だとしてもこの猫の言う通りだ、と司は肯定はするが、だからと言って自分の行動を変える事はない。「でもまぁ」と歩を進めながら口を開く。

「俺はさ、立場的にその『非道い話』を行った事だって有る」

 瓦礫の隙間から見える靴に流した視線を少し遠くに向けて、司は小さく息をつく。

「――果たして、俺にはこの人達を弔う権利が有るのかさえ、怪しいよ」

 自嘲とも、溜息とも取り辛いその言葉を、リンドは黙って受け取る。

 例え何かを失ったとしても、己の望みの為ならどのような手段も厭わない。それがこの人間が属する組織だというのに、こいつはなんだからしくない事を言う。

「……それで。このまま進むんだろう?」

「勿論」

 あっさりと返ってきた返事に躊躇いはなかった。

 これだからFHは、とリンドは小さく鼻を鳴らす。

 そのやり取りを最後に会話は途切れた。

 

 揺れる檻の中で、リンドは一人分の足音に耳を傾ける。

 組織の人間らしく、任務にどこまでも忠実。だというのに、こいつはそうではない面も垣間見せる。

 ――全く、おかしな奴だ。

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