第3話 猿のモノマネ
YOUTUBEでミイラの動画を見ながら実家に電話をかけた。
さすがに海外勤務ともなると親にも報告した方が良いだろう。
すぐに母親が出た。
「もしもし、ユウトだけど」
「はいはいはい、どうしたの?」
母親は元気にそう答えた。ユウトは僕の名前だ。漢字は悠斗と書く。
「ええと、4月からさ、海外勤務になったよ」
「えー!どこ?」
「カンボジア」
「か・・・・かんぼじあ・・・?」
「プノンペンってとこなんだけど知ってる?」
「・・・内戦あったとこじゃないの?危ないんじゃないの?そこで何するの?」
カンボジアで宇宙人のミイラを作るとは言い出しづらい。
「・・・宇宙。そう宇宙系の宇宙ビジネスをね。宇宙規模でやるんだ」
「・・・宇宙ビジネス?私はよくわかんないけど・・・なんかすごいね」
「そうそう、宇宙ビジネスで、かつバイオ関連のベンチャーなんだよね。DNAレベルの話なんだよ」
宇宙人のミイラなのでおおよそは合っているはずだ。
「会社的には俺しかいないらしくてさ。会社の未来がかかってるのかもなあ。まあ期待は大きいみたい」、僕はそう続けた。親に無駄な不安は与えたくない。
「バイオ・・関連のベンチャー?・・・。ベンチャーってなに?」
「うーん、ちょっと母さんには難しいかもねえ。バイオ関連のベンチャーでIPOをMBOしてその後にLBOしてUSJっていうアジェンダだからね。しかも宇宙の」
「USJって言ったら大阪にあるユニバーサルスタジオジャパンじゃないのかい?USJに行くのかい?」と母親は弱々しくも的確に言った。
「USJはええと・・ウルトラ・・・スーパー・・・ジャンクション。うん。USJはウルトラスーパージャンクションの事だよ。バイオ関連でMBOする後だからね。宇宙の」
自分でも何を言ってるのかよくわからない。
「・・・まあユウトが行くって決めたんなら母さんは何も言わないよ。4月からカンボジアなんだね。父さんには言っとくよ。父さん今日は出張だから」
「そうか。また近いうちそっちに顔出すよ。じゃあね」
僕は電話を切った。嫌な汗が出た。
モヤモヤが残っている。嘘を重ねてるからだろうか?嘘は良くない。正直が一番だ。みんなにも強く言いたい。正直が一番だ、と。
時計を見ると11時を少し回った所だった。僕は恋人のサヤに電話をした。
サヤは半年前から付き合い始めた女性だ。銀行に勤務していて今年で28歳になる。結婚を意識した真剣なお付き合いだ。
彼女との出会いは合コンだった。
僕は基本的にモテモテのモテ男だが、意外と女性経験は少ない。これまでも結婚を考えられない人とはそもそも付き合うことは無かった。「これは」と思う女性以外には目もくれなかった。サヤはそんな「これは」と思う女性だった。
・・・出会った時の事を思い出そう。
その日の合コンは5対5で、小洒落た店で開かれた。今から半年ちょっと前で、季節は秋になりかけていたが、まだまだ日は長くて過ごしやすい夕方だった。
男性側は全員同僚の商社マン。三浦という同期入社の男がいて彼が全てセッティングした。僕は最初は断ったのだが数が合わないとのことで参加することになった。女性側は三浦のツテで集められた。
「早見さ、俺はハルカちゃん狙ってるからそこをよくわかってくれよ」
三浦は合コンの前にそう言った(早見は僕の名字だ)。
「わかった。ハルカちゃんね。俺は今は彼女とか作る気分じゃないからさ。応援するよ」
三浦は「お前はイケメンだからお前に暴れられると困る」と言って笑った。
現れた女性は五人とも上品で綺麗だった。その中でも三浦が狙っているハルカは女優やモデルでもおかしくない程の外見だった。サヤは5人の中では目立たず、はしゃがず、という雰囲気で第一印象で記憶に残る事は無かった。
合コンが始まると案の定だが僕が一番モテてしまう。こればかりは仕方がない。イケメンの宿命だ。三浦が狙っているハルカも明らかに僕に好意を抱いているようだった。僕は彼女を素敵だと思ったが「これだ」とは思えなかった。僕はハルカにできるだけ嫌われるようにし、三浦を持ち上げる事にした。
「早見さんってかっこいいのになんで彼女いないんですか?」
ハルカは目を輝かせて言う。
ここで気の利いた事を言ってはいけない。そんな事をしたら女性陣はさらに目がハートになってしまう。できるだけパンチのある鋭利な刃物のような返答をしたい。聞かなきゃ良かったと後悔させるような返事。・・・僕はしばし考えて答えた。
「いたけど捕まった」
僕はできるだけ深刻な顔で言った。
「今は刑務所にいてそこから手紙が来て。そこに別れようって書いてあった。血で書かれた手紙だったな。火で炙ると般若心経が浮かび上がって・・・セミの抜け殻が貼ってあったなあ」
「けいむしょ?」ハルカはきょとんとして言った。
「そう」
低いトーンでそう言うとハルカはそれ以上この話題に触れなかった。成功のようだ。
「え、えっと商社ってどういう仕事してるんですかあ?」ハルカは空気を変えようと三浦に目を向けながら言った。
「俺?俺は今はLNGトレーディング・・・えっとLNGってのは液化した天然ガスのトレーディングなんだけどお・・・」
三浦は気取ってそう答えた。なんかかっこいい、と笑顔で言うハルカ。
「早見さんはどんな仕事されてるんですか?」
一応僕にも話を振るハルカ。ここでも嫌われるような事を言う必要がある。
「俺?俺は今はマインスイーパー」
「まいんすいーぱーってなんですか?」
ハルカは再び明かりを取り戻しつつある顔で僕にそう言った。
「無料ゲームだよ。地雷を取り除く」
僕はできるだけ真剣な顔でそう答えた。「社内ニートだから時間があまってるんだ」と付け加えた。ハルカは無反応だ。マインスイーパーを知らないのかもしれない。が、明らかにハルカの僕を見る視線は『触れてはイケナイ危ない人へ向けるソレ』に変化していた。これで良い。
計算外だったのは同僚の三浦達も引いてしまってる事だった。マインスイーパーと彼女が捕まった話はどちらも咄嗟に思いついた嘘だったが、今思えばあの時あんな事を言ったからそれが上司に伝わって宇宙人ミイラビジネスに駆り出されたのでは?と思えてくる。
マインスイーパーの件の話をし終わった時、テーブルの端にいたサヤが初めて僕に話しかけた。
「彼女さんはどういう罪で捕まったんですか?」
真顔だった。その時初めて彼女の顔をまじまじと見た。美人だった。僕は内心焦ったが顔には出さないように努めた。どういう罪で捕まったかについて聞かれるとは思っていなかった。何か答えないといけない。何かないか?
「密漁」
と僕は言った。
「密漁だよ・・・ええと・・・ナマコの密漁」
僕はできるだけ冷静にそう答えた。サヤは小さな声で「ナマコ」と言って頷いた。
合コンも終盤にさしかかった辺りで「一発芸をやろう」と誰かが言い出した。
一発芸。しかも合コンでの一発芸ほど見ていて辛いものはない。僕はそれだけはやめておいたほうが良いと思ったが黙っていた。
まずハルカが「じゃあ変顔しまーす」と言って予想通りの『中途半端に可愛い中途半端な変顔』をした。完璧に予想通りだったがその薄ら寒さは予想を遥かに超えていた。しかし可愛い。可愛いんだから仕方ない。僕以外の男四人は全員ハルカ狙いのようだ。
その次にサヤが笑顔で手を上げて「猿のモノマネをしまーす」と言って椅子から立ち上がった。
どうせこれも中途半端に可愛い中途半端な猿のモノマネだろう、と思った。可愛い女子がよくやる「ウキーウキー」。わー可愛い、という一連の流れ。最後は満面の笑顔で終わる例のやつ。うん良いよ。それで良い。僕はもはや明鏡止水の境地でサヤの方を見ていた。
サヤは立ち上がると、「ホゥ!!ホゥ!!ホゥ!!」という空間を切り裂くかのような甲高い奇声で猿の鳴き声を発し、我々の度肝を抜いた。その爆音は店内に響き渡り、皆が動きを止め彼女の方を見た。舌を上唇の下に潜り込ませ、下の歯をむき出しにしながら目は上方へ向かせ、首は若干前に出し、手をダラリと下にぶら下げ、体を左右に揺らす。鳴き声が「ンフー!!ンフー!!ンフー!!」という鋭く甲高い獣感に満ちた声に変わった辺りでテーブルの上の鶏肉をブラリとした右手で掴み、そのまま口へ運び下顎を大きく左右に動かして咀嚼した。最初笑ってた女性陣も笑わなくなり、終盤にサヤが「ウォ!!ウォ!!ウォ!!!」という爆音の奇声と共に頭の上で手を叩き始めた時には皆が顔をそむけた。
・・・完璧な猿だった。完璧な猿のモノマネだったのだ。
その時僕は恋に落ちた。僕らはその後付き合い始めた。
話が少し長くなってしまったけど、サヤはそんな女性だ。僕は彼女との結婚を考えている。当然今回のプノンペン行きも、そして宇宙人のミイラについても正直に話す必要がある。できることならプノンペンに行く前に結婚して一緒に行きたい、なんて事もうっすら考えていた。が、それを言い出すのはかなり勇気がいることだ。付き合ってまだ半年。そこまで自分が好かれているという確信は持てていない。
僕はスマホでサヤに電話をした。この時間ならまだ起きているはずだ。
彼女はすぐに電話に出た。
「もしもし。あ、早見だけど。あの、今時間大丈夫かな?」
「うん大丈夫だよ」
「ええと、4月から海外になった。カンボジア」
「え・・・・」
「カンボジアで宇宙人のミイラを作るんだ」
「宇宙人のミイラ?」
サヤはそうつぶやいて黙った。
「もしかしたら、しばらく会えなくなるかもしれないんだけど、どう思う?」
僕は曖昧に聞いてみた。
「行かないって選択肢がないなら、私は何も言えないかな」
「もし良かったら、だけど、一緒にカンボジアに行かない?」
「・・・それって結婚しようって事?」
「そう」
「うーん。・・・考えとく。ごめん、考えさせて。今日はもう寝る。また連絡する」
「あ、わかった。じゃあね、また」
と言って電話を切った。
モヤモヤはさらに募ったがそのまま寝ることにした。
商社勤務の男 三文の得イズ早起き @miezarute
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