第2話 エバーミング・ツール
翌日、上司の吉田に決心は固まったか?と聞かれた。
当然、僕は断るつもりだった。
無理だ。できるわけがないし、それが商売になるはずもない。カンボジアは内戦のイメージしかない。僕はもっと花形の仕事、例えばエネルギー資源の輸出入とかの仕事がしたいのだ。
断ろう。キッパリと断ろう。僕は吉田の顔を真正面から見据えてこう言った。
「やらせてください」
慌てて口を手で抑えた。口が滑ったのだろうか?
「よし」と吉田は大きく頷いてそのまま話は進んだ。送別会はいつにするかなんて話に発展している。もう駄目だ。
そう、僕はプノンペンへ行き、宇宙人のミイラを作る新規ビジネスに携わるのだ。
・・・いやいや待て待て。
どう考えても無理だ。宇宙人のミイラなんて作れるはずがない。
僕は真剣に言った。
「あの、すいません、あの・・・やっぱり無理です・・・どうかしてました。本当にすいません。僕には宇宙人のミイラなんて作れる気がしません。無理です」
吉田は驚いたような顔で僕を見据えた。
真剣な表情だ。こんな真剣な顔の吉田は初めて見る。
怒っているように見える。そりゃそうだ。安請け合いをした僕に責任がある。
吉田は重々しく言った。
「あのな・・・」
これはキレられても仕方ない展開だなと僕は覚悟した。でも無理なものは無理だ。キッパリと断ろう。
「・・・無理そうなら宇宙人じゃなくてもいいよ」
「・・・」
「なんならミイラじゃなくても宇宙人ならいい」
「・・・いえ宇宙人じゃなくてもミイラは無理ですし、ミイラじゃなくても宇宙人は無理です。宇宙人見た事ないですし、ミイラなんて作り方わからないです。吉田さんは作り方わかるんですか?」
「ああ、そうか。それについてまだ言ってなかったな」
と言ってスマホを取り出して弄り始めた。
誰かに電話するのかな、と思った。
「専門家的な人がいるんですか?ならその人にやってもらいましょうよ。僕はちょっと嫌です。無理です」
と僕が言うのを制するように、吉田はスマホの画面を僕にかざした。
『ミイラの作り方』、というサイトだった。おいおい、ググったのかよ、という僕の心の叫びを無視するようにサイトに書いてある事を読み上げた。
「ええと、準備するもの・・・棺、天然ナトロンリネンラップ・・これは包帯らしいぞ。あとカノポス壺、かっこでオプションって書いてあるわ。なんだろねこれ。壺だって。・・・鍵棒松脂エバーミング・ツール、これは死体の防腐処置に使う器具だってよ。うんうん、・・・いけそう。余裕でいけるでしょ」
じゃあお前がいけよ、という僕の心の声は口には出さずに「死体って時点でアウトですよ。今どきそんな事が倫理的に許されるわけないです。ビジネスにもなりません。どうやってそれで商売するんですか」と言った。
「ああ、死体ってこと?倫理的な問題って意味?ああそりゃそうだ。・・・だーかーらー」
吉田は「だーかーらー」の後で十分にタメを作って小さくこう言った。
「だーかーらー、・・・宇宙人のミイラなんだよ。人じゃなくて」
にこやかに吉田はそう言った。
人のミイラじゃなくて宇宙人のミイラなら倫理的に問題がないのだろうか?僕はちょっと考えて、「・・・・・なるほど、さすがっす」と答えた。言った瞬間に後悔した。
その日の夜、YOUTUBEでミイラの動画を見ながら独り言が出た。
「クメール語・・・・勉強しようかな」
僕は自分がやる気になっていることに気づいて驚いた。
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