商社勤務の男
三文の得イズ早起き
第1話 商社勤務の男
商社勤務、と聞いてみんなは何を思うだろう?
「勝ち組」「高給取り」「エリート」
どれも正解だ。そう僕は商社勤務。エリートの高給取りであり勝ち組。
年齢は33歳。大学は慶応。身長は181cm。年収は1000万円オーバー。顔は良いしスタイルも良い。大学時代はラグビー部。どう考えてもモテるしモテてきた。
僕は誰もが羨む一流商社勤務。『商社は勝者』、誰が言ったか知らないがこう返答してやりたい。「そうだよ」、と。
僕の足跡はそのまま人々の羨望の熱視線の焦げ跡となり、僕のこれから進む道程は童貞達の涙の川となるだろう。それが僕だ。
「4月からプノンペンへ行ってくれ」
上司の吉田さんにそう言われた時、僕は思った。「それどこだよ」と。
ブノンペン。知っているだろうか?僕は知らなかった。日本史選択だったから地理には疎い。
言葉の響き的にヨーロッパかな?ドイツの東あたりにそういうとこがありそう。ブノンペン。音楽の都ブノンペン。モーツアルトあたりが何やらそこで一曲作ったとかそんなエピソードもありそうだ。ブノンペン。ショパンにも何か関係してるはずだ。
いいね。ソーセージが美味そう。ワインも美味いはずだ。
「ブノンペン・・・ですか。悪くないとこですね」
僕はそう答えた。完璧な答えだ。
「?・・・プノンペンね。プ。ブじゃない」
「ああ。そっちの言い方ですか」
これには意表をつかれた。驚いた。プノンペンだった。ブノンペンかと思った。できるだけ驚きを表情に出さないように僕はこう言った。
「プノンペンって北米訛りだとブノンペンになるんですよ。ほら僕ってアメリカ長かったじゃないですか?シーザーとかもカエサルって言っちゃう派なんでえ。ついうっかりカエサルサラダとか」
・・・よし成功だ。シーザーとカエサルのくだりは怪しい所だがうまくごまかせた。実際の所はシーザーもカエサルも何が何やら全く分かっていない。アメリカにはハワイに行ったことがあるだけだがなんとかなるものだ。
「お前ってアメリカ長かったの?へー知らなかった」
「長いっていうか、短くないっていうか、ロングかローングかって感じですね。アメリカ長かった、みたいな事です。長かったか?って言われたらローングってしか言えませんけども。ははは」
アメリカ大陸は横に長い(ロング)、という意味だと自分に言い聞かせてそう答えた。嘘はいけない。僕は生粋の嘘つきだが、できるだけ嘘は避けたい。ちなみにローングのところはwrongに掛けている。僕は正直者なのかもしれない。
「何言ってるかよくわかんないけど・・・そうか。なら良かったよ。プノンペンで新規事業やってもらおうと思ってね」
「なるほどね。わかりますよ。・・・見えますね。会社の意志が。僕って期待されてますもんね。わかります」
「う、うん。そうね、・・・っていうかプノンペンってわかってるよね?」
「そ、そ、そ、そりゃもう。さすがに。中学で習いますから。あれですよね?あのあそこの隣の、あれの上あたりにある、ほら有名なあれがあるとこですよね。あれがすごいんですよね。あれ」
「・・うん。そうそう。でさ、」と上司の吉田は言う。
「ドイツがここにあって、フランスがあって、だからこの辺がイギリスでプノンペンはこっちの方・・・もっとこっちだっけかな?」と僕がまた嘘に嘘を塗り固めていると聞き慣れない言葉を上司の吉田が言い始めた。
「プノンペンでミイラを作ってほしいんだ」
「え?」
「宇宙人のミイラを作って欲しい」
宇宙人のミイラ・・・僕は想像してみた。が、できなかった。なぜなら見たことがなかったから。みなさん宇宙人は見たことありますか?ないですよね。ではミイラを見たことありますか?・・・はい。テレビで見た?なるほど。ではどうやって作るか知っていますか?知るわけないですよね。
僕はハッキリとこう言ってやりましたよ。
「やらせてください」
僕は咄嗟に答えていた。why? なぜに? なぜこんな返答をしてしまったのか?日頃から口から出まかせばかり言ってるからだろうか?
「それは僕にしかできそうにないですね」
なんと、そんなことまで口から出てきた。自分が怖い。
「やってくれるか。それはよかった」
上司の吉田は笑った。僕も笑った。
その日の夜、家に帰ってからWikipediaでプノンペンを調べた。
東ヨーロッパではなくてカンボジアだった。公用語はクメール語とある。「何語だよ・・・」、とつぶやいてしまったが、クメール語だろう。
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