エッセイスト野々宮清の日常

いとうみこと

騙しの手口

 私の名前は桜田光(ひかり)。この春大学を卒業したものの、就活に失敗して現在無職の二十二歳。

 今、私が入ろうとしているこのボロ家、もとい古民家風の家は、ママの従姉妹でエッセイストの野々宮清(さやか)の家。ちなみに、彼女のことはママに倣ってさやちゃんと呼んでいる。

 ママ情報によると、さやちゃんはそこそこ名の知れた作家兼エッセイストで、現在も連載を何本か抱えていて結構忙しいらしい。正直なところ、私はそっち方面に全く興味がなかったから、さやちゃんが売れっ子だなんて知らなかったし、彼女の作品を読んだことすらない。

 そんなさやちゃんから、秘書が辞めちゃったから手伝ってくれないかとママ経由で頼まれたのが先週のこと。秘書と言えば聞こえがいいけれど、要は家政婦のようなもので、家政学部出身の私にはぴったりなんじゃないかと口説かれたらしい。

 家でゴロゴロされることを恐れたママが、私の了解も得ずふたつ返事で引き受けて、この家の鍵を半ば強引に渡された。

 まあ、私としても嫌々というわけではなくて、何かしらアルバイトはしなきゃならないと思っていたし、さやちゃんなら気心が知れていて、しかも就活のための時間も融通してくれるって話だから、ある意味渡りに船の申し出だったのよね。


 芸術家あるあるだと思うけれど、さやちゃんはちょっぴり変わっている。職人気質なのかこだわりが強くて、良く言えば仕事熱心、悪く言えば頑固。世間知らずというか、ちょっとずれてるというか。そんなところが心配だけど、家のことなら私の得意分野だし、ま、なんとかなるでしょ。


「よっしゃっ!」

 気合いを入れ直して玄関の引き戸に手を掛けた時、背後から男の声がした。

「すみません、この家の方ですか?」

 振り向くと、そこにはスーツ姿のふたりの男。

「ええ、まあ。」

 ひとりは三十代後半から四十代くらい、もうひとりは結構若くて、私とそんなに変わらないように見える。しかもかなりのイケメン!ふたりとも、高そうなスーツをぴしっと着こなして、ドラマに出てくるサラリーマンみたい。


「貴金属や着物の鑑定と買取りをしております大栗と申します。」

 そう言うと、年長の男が名刺を差し出した。


「あなたの思い出高く買います 有限会社 審美堂 代表 大栗旬也」


 キャッチコピーはどうかと思うけど、厚手の和紙に金の縁取りがしてあって、見るからにおしゃれだし、銀座にお店があるなんて凄いかも。この人まだ若いのにやり手なんだわ。


 私がじっくり観察していると、目の前からすっと名刺が消えた。

「申し訳ないですが、今日名刺入れを忘れてしまって、これ一枚しか持ってないんですよ。」

 大栗はそう言うと、さっさと胸のポケットにしまった。


「今日はこの近くで大口の買い取りがありましてね。ついでと言っては何ですが、ご近所にも声を掛けているところなんです。そのバングル、センスいいですね。」

 大栗は視線を私の左腕に移しながら言った。

「ああ、これですか。もう長いこと使ってるから傷だらけで。」

「十八金でしたら、ニ万円以上でお引き取りできますよ。」

「えっ!これがニ万円!」


 この間卒業旅行でハワイに行ったものだから、お財布の中はすっからかん。しかも、来月にはカードの引き落としが控えているから、ニ万円は喉から手が出る程欲しい。それに、デザインは気に入っているけれど、元カレにもらったものだから執着もない。

 私の欲望を見抜いたかのように、男が追い打ちをかけてきた。

「今日はいい取引ができましたから、もう少しお勉強できるかもしれませんよ。ここでは何ですから、中でしっかり見せていただいてもいいですか。」


 勝手に人を入れたりして、さやちゃんに叱られるかしら。でも、玄関までだし、大丈夫よね。

 一瞬の躊躇の後、私は「どうぞ。」と言って引き戸を開けた。

 さやちゃんだって、要らない物があるはずだから、ついでに見てもらえばいいんだし、何より、さやちゃんに買ってくるよう頼まれた豆乳パックが凄く重くて、早く荷物を下ろしたいのよ。


 玄関を入ると、広めの三和土の向こうに昔ながらの高い上り口があり、その手前に一段低い踏み台を置いてある。私は踏み台の下に自分の靴を入れて板の間に上がり、荷物を置いてそこに正座した。

「今日は歩き疲れたので、ちょっと掛けさせてください。」

 私の返事を待たずに、ふたりは上り口の両脇に、私を挟むように腰掛けた。背後の壁まで半間しかないので、ちょっと狭いなとは思ったけれど、イケメンの鑑賞にはもってこいの距離だ。こんなことならもっとちゃんとメイクしてくれば良かった。


「では、拝見しますね。」

 いつの間に出したのか、小さなルーペを使って、大栗が私のバングルを念入りに調べ始めた。

 

「綺麗な肌ですね。」

 突然、イケメンが話しかけてきた。驚いて視線を移すと、すぐそばの彼と目が合って、心拍数が一気に跳ね上がる!

「あ、すみません。つい見とれてしまって。」

 そう言うと、イケメンは慌てて視線を外した。


 やだ、このイケメン、私に気があるのかしら。まさかね。でも、まんざらでもないかも。

 久し振りの男の匂いに、少しばかり怪しげな気持ちになっていると、大栗の溜め息が聞こえた。


「ああ、ちょっとこれは。」

「え、何か?」

 大栗は答えにくそうに言い淀んだ。

「ちょっと申し上げにくいのですが、これはメッキですね。」

「え?メッキ?」

「そうです。この十八金を表す記号が偽造されてます。」

「そんな!」

「よくあることですよ。メッキの場合、K18の後ろにGP等が付くんですが、上手に消してあります。ほらここです。」

 私は目を凝らした。言われてみれば擦った跡が見える。これまで気にしたこともなかった。


 なんてこと!あの野郎、精一杯の気持ちって言ってたのに大嘘じゃない!

 私は心の中で、一年前に別れた元カレの顔に思い切りバツをつけてやった。


「本物でしたら、金の価値だけでもニ万円以上するんですが、まあ、折角のご縁ですので、三千円でいかがでしょうか。」

「メッキなのに?」

「特別ですよ。私共は中古のアクセサリーショップも持っているんです。これでしたらデザインが優れていますので、磨き直せばそれくらいでお店に出すことができますからね。」

「それじゃ儲けがないですよね?」

「お近づきの印ですよ。ただし、それだけですと磨きの分だけうちが損をしますので、何か他に取引させていただけたらという条件ですが。」


 その時、再び視線を感じてイケメンの方を向くと、深い二重と長い睫毛の絵に描いたような美しい目が、至近距離で私の首元に釘付けになっていた。私は耳まで熱くなるのを感じた。

「社長、このペンダント凄くいいですよ。」

 イケメンが目をキラキラさせながら見ていたのは、成人のお祝いにさやちゃんがくれたダイヤのペンダントだ。私の大のお気に入りで、ほぼ毎日身につけている。


「んん?ちょっと見せてもらってもいいですか?」

 大栗が大袈裟に顔をしかめて私の前に右手を出した。私は何だか胸騒ぎがして、その手に外したペンダントを乗せた。

 大栗は「むう」とか「これは」とか、ブツブツ言いながら入念に調べ続けたので、私はどんどん不安になっていった。イケメンが「お手洗い借りてもいいですか?」と訊いた時も、その場を離れる気になれなくて、「突き当りを右です」と案内もせずに答えた。


「これは成人のお祝いでしたよね?」

 大栗は眉をひそめたまま難しい顔で訊いた。私も同じように眉をひそめて頷いた。

「非常によく出来てますがジルコニアですね。」

「え、ダイヤじゃないんですか?」

「偽物です。本当によくできています。最近ではプロでも騙されるほどの高品質の物が出回ってまして、松本レベルだと見分けがつきません。」

「松本?」

「ああ、さっきの若いやつです。」

 松本さんって言うのね。覚えておかなきゃ。私は心のページにその名を刻んだ。


「チェーンは本物のプラチナですので、こちらはお値段がつきますよ。ジルコニアは、そうですねえ、これだけ良い出来ですので、まあ両方で一万五千円が目一杯ですかねえ。ああ、そうだ、先程のバングルと合わせて、特別に二万円でいかがですか?こんないい評価はどこに出してもありませんよ。」


 ニ万円かあ。


 私は泣きたい気分だった。

 

 人生で初めてのダイヤのペンダントがまさか偽物だなんて。さやちゃんは世間知らずだから騙されたのかもしれない。さやちゃんに罪はないけど、ありがたがってた自分が何だか惨めだなあ。


 その時、廊下の奥から松本が血相を変えて走ってきた。

「待ちなさい!」

 その後ろから、孫の手を振りかざしたさやちゃんが追い掛けて来る。松本は靴下のまま土間に降りて引き戸を背に立ち尽くし、大栗も慌てて立ち上がって松本に並んだ。


 さやちゃんは孫の手を振りかざしたまま凄い形相で怒鳴った。


「光、何なのこの連中は!」


「さやちゃん、乱暴なことしないでよ!」

 私は恥ずかしさで真っ赤になりながら、さやちゃんから孫の手を奪った。大栗たちは言葉を失って立ち尽くしている。

「おふたりは、出張買取りの方よ。私のバングルを見てもらってたの。」

「出張買取り?」

 さやちゃんは、両手を腰に当てて仁王立ちになり、引き戸に貼りついたままの男たちを上から下まで舐めるように見ると言った。

「出張買取りって、家の中を物色するものかしら。」


 松本がすまなそうな顔を向けると、大栗の顔が歪んだ。

「トイレをお借りしようと思ったんですが、どこかわからなくて。」

 松本が蚊の鳴くような声で言った。

「私がちゃんと案内しなかったから、ごめんなさい。」

 私も援護射撃をした。


 さやちゃんは、もう一度頭のてっぺんから足の先まで二往復くらいじっくりとふたりを観察した。それから板の間に置かれた紫色のトレーと、その上にある私のバングル、そしてさやちゃんがくれたペンダントに目をやって、最後に私の顔をじっと見つめると、急に優し気な顔になった。


「あら、そうなの。ごめんなさい。私が勘違いしたみたいね。」


 さやちゃんはとても美しい顔立ちをしている。さらさらの黒髪で色白で華奢で、着物を着せたら日本人形みたいだ。それなりに年を取って劣化はしているけれど、まだまだその辺の若い子(私も含めて)には負けないと思う。

 そのさやちゃんがにっこり微笑んでごめんなさいと言ったら、許さない男はまずいないだろう。案の定、ふたりの男たちも途端に肩の力が抜けて頬が緩んだ。


「私もお話を聞かせていただいていいかしら。」

 さやちゃんがその場に座り込むと、ふたりは引き寄せられるように元の位置に腰掛けた。私もさやちゃんの隣に座った。

「すみません、名刺をいただけますか?」

 大栗は胸ポケットから先程の名刺を出すと、「一枚しかないのでお見せするだけです。」と言いながら渡した。さやちゃんはすぐさまポケットからスマホを取り出すと写真を撮った。


「あ。」

 大栗と松本が同時に声を出す中、極上の笑顔で名刺を返しながらさやちゃんが訊いた。

「で、どういったお話でしたか?」

 大栗は少しばかり困ったような顔をしたが、ひとつ咳払いをすると、先程までの調子に戻って答えた。

「いえね、このバングルがメッキだと言うお話をしてたんですよ。」

「なんですって!こんなに綺麗な色なのにまさか偽物だなんて信じられないわ!」

 さやちゃんが驚いて大声を上げると、大栗が私の時よりずっと優しい声でなだめた。

「色はどうにでもなりますからねえ。でも、大丈夫ですよ。たとえ偽物でも、うちは高額査定で評判ですから。」

 その言葉に、さやちゃんは安心し切った笑顔を返した。

「それで、こちらはどうですの?」


「どうですの?」さやちゃんてば、普段はそんな言葉遣いしないのに!もしかして、知らない男の人の前ではいつもこうなのかしら。

 私の心の中のツッコミなどどこ吹く風で会話は進んでいく。


「こちらはチェーンと台座はプラチナですが、石はジルコニアでして、出せて一万五千円というところですが、今回特別に、バングルと合わせてニ万円でのご提案をしたところでした。」

「まあ!この石がジルコニアなんですか?カットも輝きも本物そっくりじゃないですか!折角のお祝いの品がこれじゃあ台無し。光が可哀想。」

 さやちゃんが大袈裟によろめく姿は何だか芝居がかっていたが、大栗は本気で心配しているように見える。

「無理もありませんよ。この道ニ十年の私でもちょっと見ただけではわからないレベルですからね。」


「随分と目利きでいらっしゃるのね。そうだわ!ちょっとお待ちいただけます?是非とも鑑定していただきたい物がありますの。」

 そう言うと、さやちゃんは廊下の奥へと小走りに消えて行った。


 ほんの数分で戻ったさやちゃんの手には、たとう紙に包まれた着物があった。

「これこれ、これです。着る機会がなくて持て余してまして。」

 そう言うと、中からおばあさんが着るような地味な着物を取り出した。

「大島紬ですか。」

 大栗の顔がぱっと輝いたように見えた。

「実は私は、元々着物が専門なんですよ。腕が鳴ります。」

 そう言うと、嬉々として品定めを始めた。さやちゃんと私と松本さんの三人は、それを覗き込むようにして見ていた。

「証紙はありますか?」

 大栗が顔を上げて、さやちゃんに訊いた。

「なんですか、それ?」

「無ければ結構です。」

 もう一度着物に目を落とすと、丁寧にたとう紙に戻した。


 「大変良い物を見せて頂きました。最近は値段のつけられないような偽物がたくさん出回っていますが、こちらは本物ですね。」

「まあ!それでおいくらになりますか?」

「そうですねえ、十万でいかがでしょうか。」


「十万!」

 私は思わず叫んでしまった。こんなくすんだ着物が十万って。


「あら、そんなにお高いんですか?じゃあ、この際他のも引き取っていただこうかしら。」

「是非お願いします!」

 大栗は前のめりになって答えると、小さくガッツポーズをした。


 その時、玄関の引き戸が開いた。


「こんにちは。」


 そこにいたのは、さやちゃんの信者のひとり、三丁目交番のお巡りさんだった。


「さやちゃん、お待たせ。」


 顔面蒼白の見本はきっとこんな感じ、というくらいわかりやすくふたりの顔色が変わった。


「あ、きゅ、急用が。失礼します!」


 挨拶も言い終わらぬうちに、ふたりは鞄を抱えてお巡りさんの脇をすり抜けた。


 その時、開け放した門扉からバラバラと警官が入ってきて、まるで刑事ドラマのようにふたりを拘束した。


 なに?いったい何がどうなってるの?


 呆然と立ち尽くす私に、さやちゃんが冷たく訊いた。


「光、あんた最後に新聞読んだのいつ?」


 

 和室を洋室にリフォームしたリビング兼仕事場のソファの上で、私は正座を強いられていた。目の前のテーブルには、バングルとペンダントと着物が並んでいる。

 

「これ何だかわかる?」

 さやちゃんが、文字の書かれた端切れのようなものを放ってよこした。


 大島、なんて読むんだろう。


「おおしまつむぎ、よ。」

 私の考えていることがわかったように、さやちゃんが言った。


「さっき、あの大栗って男が言ってたでしょう?それが証紙。」

「でも、さやちゃんは知らないって。」

「知らないふりしたのよ。宝石でいう鑑定書みたいなものだからね。」


 ふうん、こんな端切れがねえ。


「あ?鑑定書!私のペンダントにも鑑定書あったよね?ダイヤって書いてあったよね?あれは嘘なの?」

「あんたほんとのバカなの?」

 さやちゃんは心底呆れた顔をした。

「鑑定書じゃなくて、あの男が嘘ついてるのよ。あいつらは詐欺師なの!」


「ええーっ!」

 私の叫び声を聞いて、さやちゃんは額に手を当てて天を仰いだ。

 何かで見たことがある。オーマイガって言いながらやるやつだわ。


「あんた今、またくだらないこと考えてたでしょ?」

 この人はエスパーなのか!

 私は首をすくめた。


「あいつらはね、適当なこと言って価値があるものを買い叩くのよ。たちが悪いのだと、あの若い男みたいに家の中を漁ったりするし、終いには脅し取ったりするわ。」

「すごーい。よく知ってるのね、さやちゃん。」

 私が手を叩いて感心すると、さやちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で私を睨んだ。

「私がいなかったら、あいつら何をしたかわからないって言ってるのよ。品物を盗られるだけならまだいいけどね。」


「え、それって。」


 私の脳裏に、これまでにニュースで知った悲惨な事件のいくつかが浮かんだ。と同時に恐怖が襲って来た。


「やっとわかったみたいね。金輪際、知らない人を家に入れるような真似はしないでちょうだい。わかった?」


「ごめんなさい。」


 さやちゃんは、うなだれる私の隣にどすんと座って言った。


「あんたのバングル本物の十八金よ。」

「そうなの?」

「メッキなら、こんなに深い傷で色が変わらないのはおかしいわ。擦ったような傷は、多分大栗が付けたのね。」

「あ、あのイケメンに話しかけられた時!」

「きっとそれね。このバングルなら買った時には五万以上したはずよ。」

「え?そんなに高いの?」

「元カレにもらったんでしょ。いい人逃したかもね。」

 私は頭の中の彼に謝って、さっきのバツを取り消した。


「このダイヤも本物。私のこと疑ったでしょ?」

 私は慌てて否定した。

「疑ってなんかないよ。さやちゃんは騙されたんだって思っただけ。」

「心外ね。私は信頼の置けるお店で、鑑定書の付いたものしか買わないわよ。」

「ごめんなさい。」

「ちなみに二十万しました。」

「にじゅうまん?」

 私が目を丸くすると、やっとさやちゃんの頬が緩んだ。

「二十歳の記念だからね。簡単に換金しないように。」

「はい。大事にします。」

 私はペンダントを首に掛けた。


「あれ?詐欺師だったら、どうしてこんな着物に十万なんて評価をしたの?」

 私は目の前の茶とも黒ともつかない地味な着物を見ながら訊いた。

「多分、売ったら百万以上するからだと思うわよ。」

「ひゃくまんえん?」

「これはね、生産量が少ない特別な品なの。証紙無しで見抜くなんて、あの男、きっと本当に目利きなんだと思うわ。それを活かしてまともに働けば良かったのにね。」


 私は大栗が嬉しそうに着物を触っている姿を思い出した。彼はいったいどこで道を間違えたんだろう。


「さて、光。今日はもう帰りなさい。仕事は明日からね。」

「うん。」

「ひとつだけ追加の採用条件があるわ。」

「何?」

「毎朝新聞を読むこと。今日のことだって、あんたが買取詐欺のニュースを知ってたらこんなことにはならなかったんだから。」

 

 知ってても気付かなかったかも、とは口が裂けても言えない。


「わかった。毎朝読んできます。ところでさやちゃん。」

「ん?」

「今日ってバイト代は。」

「出ると思う?」

「ですよねえ。」



 こうして私のスリリングなバイト一日目が終わった。

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