ハーティさんとケニーさんのお散歩02

「ミッションコンプリートよ!」


 抱えたマカロンの箱に意気揚々とする。夕日もすっかり地平へ沈み、窓明かりが薄暗い空気を照らしていたが、達成は達成だ。

 これまでのおつかいの品同様に、ケニーが持とうと手を伸ばす。抱えたマカロンの箱ごと、身体をずらして避けた。怪訝そうな顔に見下ろされる。


「このくらい持つわ。マカロンはデリケートなのよ!」

「……そうか」


 街灯の明かりだけでは、ケニーの細かな表情が窺えない。いつもなら家に帰っている時間帯というのも、何だかそわそわして落ち着かない。

 いそいそとメリーのメモを引っ張り出し、明かりの下で読み上げる。音声にした住所に従い、ケニーが行き先へ顔を向けた。


「……なあ、ハーティス」

「何よ」

「その住所、本当に合っているのか?」

「どういう意味? 読み上げた通りよ」


 首を傾げる私に、ケニーがぴんと指を立てる。向かう先を示した指先を見詰め、はたと気付いた。そしてぎょっとしてしまう。


「このまま進むと、王城に当たるんだが……」

「本当ね……。どうしたのかしら、メリー。書き間違いかしら?」

「どうする?」


 珍しく動揺の滲んだ声音で尋ねられ、ううんと悩んでしまう。メリーが指定した場所といえど、私たちが迂闊に近付いていい場所ではない。どんどん暗くなっていく周囲とも相俟って、不安感が競り上がってくる。

 もう一度行き先を見遣ったケニーが、意を決したようにこちらへ手を差し出した。暗色の制服はじわじわと夜に滲んでいく。


「近くまで行ってみるぞ。もしかすると、近辺の意味かも知れない」

「そ、そうね。すっかり遅くなっちゃったし、きっとメリーも困っているわ! 早く届けましょう!」


 少しだけ別れた手のひらの温度が、ケニーの方がひんやりしていることを伝える。

 手を繋いで道なりに歩いていると、薄闇の中に明かりが動いているのが見えた。警戒するケニー越しに、目を細めて遠くの人物を確認する。


「あら!? カインじゃない!」

「ああ、良かった。お二人とも」


 カンテラを提げていたのはカインで、黒髪の彼はケニー以上に夜色の仲間入りを果たしていた。小走りでこちらへ駆け寄ってきた彼が、安堵に表情を緩める。


「日が暮れてしまいましたので、メリーさんが心配していました。良かった、迷子になっていなくて」

「ごめんなさい、おつかいに手間取ってしまったの」

「構いません。こうしてご無事でしたので」


 優しく微笑んだカインが、「こちらですよ」と踵を返す。歩き出した私とは異なり、立ち止まったままのケニーによって腕が引かれた。見上げた彼の表情は、暗くてよく見えない。


「ケニー、どうしたの? 行くわよ」

「……ああ」

「どうしたのよ。お腹いたいの?」

「いや。……お前、詐欺には気をつけろよ」

「どういう意味よ!?」


 それ、カインが嘘ついてるってこと!? カインに限って、そんなことないでしょう!

 歩いてくれたケニーのおかげで、私も前進することが出来た。振り返ったカインがカンテラに照らされる。曖昧な笑みを浮かべる道案内役が、迷いなく道なりに歩みを進めた。





「……ねえ、カイン。お城なんだけど」

「はい。用があるのがここなので」


 カインの穏やかな声が、何処か遠い。緊張に震え上がる私の手を、一層ケニーが強く握り締めた。

 そ、そうね。別に疚しいことがあるわけじゃないもの! 大丈夫よね、私たち!


 暗い空に浮かび上がる尖塔が、とても威圧的に見える。真ん丸には遠いお月様と、星明りだけでは心許ない周囲を松明が照らしているのだから、余計に物々しかった。

 慣れた仕草で門を潜ったカインが、こちらを促すように手で示す。完全にお城の敷地内へ入ってしまった私たちに、お城の警備の人たちは無関心だった。ど、どういうこと……? ねえ、カイン?

 黒髪の青年は迷いなく廊下を進んで行くものだから、知らず握り締めていた手の先に縋りついていた。ケニーの声が頭上から降ってくる。


「護衛騎士の制服だ」


 微かな囁き声が、見慣れないカインの服装を示す。歩調に合わせて揺れる裾には、パレードで見かける紋章が刺繍されていた。

 ……それって、つまりどういうこと? カインはただのメリーのお手伝いさんじゃないってこと?


 ひとつの扉の前へとやってきたカインが、滑らかな仕草でノックする。「お連れしました」今まで聞いたことのない、恭しい声音だった。かちゃり、金具の跳ねる音が微かに響く。


「ハーティさああああん!!!!」

「ふぎゃッ」


 カインが開いた扉から、布の塊が飛び出してきた。勢いのまま尻餅をついた私に圧し掛かっていたのは、これまでに見たことのないくらいに着飾ったメリーだった。

 あなた、やっぱり美人ね!?


「わーんっ、心配しました! ちょっと欲張っておつかいを頼み過ぎたんです! すみませんでした!!」

「め、メリー!? あなた一体、どうしてお城でドレスを着ているの!?」

「わたしも一刻も早くドレスなんかとおさらばして、とっととお家へ戻るつもりだったんです! わーんっ、ご足労願いました! ご無事で何よりです!!」

「ど、どういうことよ!? ちゃんと説明しなさいよ、メリー!!」


 ぎゅうぎゅう私にしがみつくメリーは、ぴーぴー泣いていた。廊下に無造作に広がるドレスはシンプルながらも眩いもので、ひたすらに困惑してしまう。

 えへんっ、カインが咳払いした。びくり、メリーの肩が跳ねる。


「姫様? ハーティ嬢のお身体が冷えます」

「うっ、すみませんハーティさん。ちょっと感情が高ぶりました」

「ひめさま!?」


 のしのしと起き上がったメリーが、私に手を差し出し立ち上がらせてくれる。驚き尋ねた呼称に対して、メリーは曖昧に微笑むだけだった。


「お部屋へどうぞ。昆布茶ではないお茶をお淹れします。……カインが」

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