メリーさんとかくれんぼ

 こんにちは。わたし、メリー。今あなたのうしろにいるの。


「だめですよ、カイン。今出て行ったら、馬に蹴られてなんとやら、ですよ」

「はあ……」


 こそこそ、カインの腕を掴んで本棚の裏に隠れる。カインは背が高いけれど、全体的に暗色だから影になっていいですね! さあ、一緒に本棚の一部になりましょう!


「メリーったら……。お店をあけたまま、どこに行っちゃったのかしら……」

「あの店主、無用心にも程があるだろう」


 いますいます。その店主、ここにいます。

 わたしとカインで古本の整理をしていたところに、ハーティさんたちが遊びに来た。すぐに声をかけようと思ったのだけど、偶然彼等から見て物陰になっていたらしい。

 気付かれないことをこれ幸いと思い、空気を読まずに出て行こうとしたカインを圧とジェスチャーで黙らせた。困惑する彼は渋々わたしに従ってくれたので、このまま隠密続行である。


 老婆心ながら手助けした結果か、ハーティさんとケニーさんの様子は、じわじわと温和なものへと変わった。それこそ来店当初の一発触発の空気が嘘のようだ。

 やっぱりハーティさんは怒っていないときの方がかわいいし、ケニーさんも普通にしているときの方がかっこいい。中々役に立てたんじゃないかな、わたし。


 いつものカウンター席に座ったハーティさんが、退屈そうに脚を揺らす。何やら鞄を漁ったケニーさんが、彼女の頭に小包を乗せた。


「やる」

「なによ、これ」

「気に入らなかったら捨てろ。……悪かったな」


 気恥ずかしそうに顔を背けたケニーさんの言葉に、ハーティさんの顔が真っ赤に染まる。カイン、見てください! 青春ですよ!!


「あ、開けても、いいのかしら」


 緊張に上擦った声で、ハーティさんが尋ねる。微かにケニーさんが頷いた。

 ここからは詳細の窺えない小包を慎重に開け、ハーティさんが俯いたまま静止した。気が気じゃないのか、ケニーさんが不安そうにしている。そわそわ、仕草が落ち着かない。


「……あり、……がと」


 聞き落としそうなほど微かな声で、ハーティさんがお礼を告げる。明らかにほっとした様子のケニーさんが、心持ち早口で言葉を繋げた。


「お前のおかげで助かった。その礼だ。……その、何だ。お前、その花っぽいよな。何か黄色いの」

「どういう意味よ、それ! ヒマワリくらい名前覚えなさいよ!」

「黄色い花全般の意味だ!」

「ざっくりし過ぎてるわ! もうちょっとムードを大事にしなさいよ!」

「悪かったな! まさかあのブローチがまだ残ってるなんて、思ってもみなかったんだよ!」

「う、うるさいわね! たまたまよ!!」

「物持ちが良過ぎないか!? 何年前の品だ! いつも型遅れがどうのと喧しいだろう!」

「7年前よ! そんなことも覚えていないの!?」

「何処がたまたまだ!? がっつり残しているじゃないか!」

「う、うるさいうるさい! どこ見てんのよ、えっち!!」

「ブローチだ!!」


 始まってしまった口喧嘩を、あららと傍観する。わたしを見下ろしたカインが、困ったような顔をした。彼の口が、「どうしますか?」と囁き声を落とす。ううーん、どうしましょうか? あれはあれで、仲良さそうなんですよねー。


「とにかく! 俺は謝ったし、礼も述べたからな!」

「何よその態度! 大胆で物怖じしない! 自信満々!!」

「お前こそ感受性豊かで努力家だろう! 情熱的で粘り強い!!」

「言ってくれるわね!? 積極的で動じない! そのくせ純粋、素直!!」

「お前っ、人が気にしていることを……!」


 えええっ、斬新な喧嘩ですね……!?

 まさかわたしの課題がこんな形で作用するとは思いもしなかった。傍から見ていると、お互いを熱く褒め合っている。けれども当事者同士は貶しているらしくて、その瞬時に皮肉に変換出来る技能、すごいですね!


「大体何よ! ころっと弄ばれて! 私があなたのこと好きじゃなかったら、とっくに見限っていたのよ!?」

「なっ、す……!?」

「……ッ!? い、今のなし!! なしよ、なし!!」


 ハーティさんの怒りに満ちた告白が、終戦の決め手となった。両者が真っ赤になって黙り込む。そっぽを向く彼等は、それぞれ顔を覆っていた。


「……悪かった」

「もう聞いたわ!」

「……っ、ありがとう」

「つ、次はないわよ! 絶対よ!!」


 ふんと鼻を鳴らしたハーティさんが、真っ赤な頬を両手で包む。ほっとしたように息をついたケニーさんの微笑みが、益々彼女の顔を赤くさせた。


「……カイン、どうしましょう。完全に出るタイミングを失いました」

「そうですね。……あの、メリーさん。くっつき過ぎでは?」

「今ばれると、完全に馬に蹴られて云々になってしまいます。大丈夫ですよ、カイン。あなたはスマートです」

「さいですか」


 ひそひそとカインと小声をかわし、どうしたものかと考えを巡らせる。

 勢い良く椅子から立ち上がったハーティさんが、大振りな動きで両手を突き上げた。焦ったような声音は早口だ。


「ほ、本当、メリーったらどこに行ったのかしら!?」

「……店の奥にはいないのか?」

「そうね! もしかしたら寝てるのかもね! メリー、メリー!!」


 あの大喧嘩の中寝続けられるわたしって、かなり図太いですよね。わかりました、目指します。

 ハーティさんがカウンター越しに店の奥を覗き込み、ケニーさんも彼女の後ろから同じような体勢になる。彼等の視線が一箇所に集中した。

 い、今だー!! この好機を逃すわけには行かない! 咄嗟にカインの腕を引っ張って入り口まで駆け寄り、扉を開ける音を立てた。


「ただいま戻りましたー。あ! ハーティさん! お留守番ありがとうございます!」

「メリー! あなた、出掛けるなら鍵くらいかけなさいよ! 無用心だわ!」

「あははー、すみません。まさか地元で迷子になるなんて思わなかったので~」

「迷子!? もう、しっかりしなさいよ、メリー」


 呆れた顔をするハーティさんへ、えへへと笑ってカウンターを潜る。「お茶淹れますね!」いつも通りの笑顔を浮かべて、そそくさと奥へ引っ込んだ。

 ふう、やれやれ。危機一髪ですね! 本当にあのまま本棚になるところでした!


「……お前、顔赤くないか?」

「あ、いや、……その、……地元で迷子になったことが、恥ずかしくて……」

「カインも一緒になって迷子になったの? あなたたちって、おっちょこちょいなのね」

「あはは……、そのようです……」


 もれなく同罪にされたカインの苦しい言い訳に、胸中で謝罪した。すみません、カイン。あなたは優秀ですよ!






「ケニー! 絶対だめよ。絶対にだめ!」

「だが、採点が……」

「私も怒っていないし、あなたも怒っていないわ。そう、解決したの」


 ハーティさんの必死の説得に、ケニーさんが窺うようにこちらへ目配せする。30日目である今日は、わたしメリーによる『褒め合いっこメモ』の採点の日だ。

 にやにやしそうな口許を正して、清らかないつもの『メリーさん』を保つ。


「ははーん。さてはハーティさん、嬉しい言葉をもらえたようですねー?」

「ち、ち、ちがうわよ、メリー!!」


 おっと本音が。

 にこにこと微笑みながら、「そうですか~」相槌を打つ。「そうよ!」照れて真っ赤になったハーティさんは、いつも以上に必死だ。


「ケニーさんはどうでしたか?」

「……別に。……そうだな、俺は見せても構わないが」

「ちょっとケニー!? 絶対にだめよ!!」

「だそうだ。やめておく」

「うーん、残念です」


 ケニーさんの両手を掴んで、首をぶんぶん横に振るハーティさんの姿が微笑ましい。微苦笑を浮かべたケニーさんの表情は、ここに来たときよりもうんと穏やかになった。

 うんうん。ふたりの仲が取り持てたのなら、わたしとしても思い残すことはない。まあ、ちょっとだけ見てみたい気もするけれど。うん、ちょっとだけ。ちらっとでいいから。


「仲直り出来て、よかったですね」

「ああ、本当にな」


 のほほんとしたカインのお祝いの言葉に、ケニーさんが苦笑のまま頷く。立ち上がった彼が、私へ向けて頭を下げた。彼の肩から、ひとつに纏められた赤毛が滑り落ちる。


「世話になった」

「えっ、ちょ、ケニー!?」

「お手伝い出来て、なによりです」


 さすがにびっくりしたが、彼なりのけじめなのだろう。にっこりと笑みを返すと、顔を上げた彼も困ったように微笑んだ。

 ハーティさんのお話の中で、ケニーさんはひとりの女の子に恋をしていた。けれどもハーティさんとケニーさんは、家同士が定めた婚約がある。

 あのままケニーさんが女の子へのめり込んでいれば、きっとお家の人が黙っていない。ハーティさんも悲しい思いをしていただろう。ふたりが仲良くなれて、本当によかった!


「ね? ハーティさんはかわいい方でしょう?」

「わかりにくいがな」

「なんですって!?」


 いやあ、あはは。食ってかかるハーティさんと、あしらうケニーさんが、仔犬のじゃれあいみたいで、見ていて微笑ましいですね!

 にこにことふたりを眺めるわたしの近くに来たカインが、物憂げなため息をつく。なんですか、辛気臭いですよ?


「どうしました? カイン」

「いえ、羨ましいですね」

「若さがですか?」

「私、そこまで年老いてませんけれど? 怒りますよ?」

「あはは、冗談ですよ、カイン」


 じと目でこちらを見下ろすカインの眼差しを、にこにこガードで跳ね返す。彼の視線が益々温度を下げた。


「ほらほら、かっこいい顔が台無しですよ!」

「あなたはまたそういう……」

「カイン。わたしも、もうちょっとがんばってみようと思います」

「はい?」


 不思議そうに瞬いたカインへ、えへへと笑みを向ける。ハーティさんとケニーさんは、またあの斬新な口喧嘩を繰り広げていた。うん、仲が良いことは素晴らしいことです!


「おじいさまに連絡してください」

「っ! 畏まりました」

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