ケニーさんと仲直りまでの道02
間延びした声の女性はメリーといい、黒髪の青年はカインというらしい。
ティーカップに沈められた『昆布茶』なるものを飲み、微妙な心地を得る。ハーティスは不貞腐れた面持ちで、俺を隅へ追いやり顔を背けていた。
「なるほど、あなたがケニーさんですね。いつもハーティさんをお借りしています」
にこにこと無害そうな顔で微笑み、メリーとやらがぺこりと頭を下げる。
……適当に纏めたように見える金髪と、何処となくだらしなさを感じる服装。古書店といえどオーナーである以上、もう少し身だしなみを整えないのだろうか? 何となく不信感を覚えてしまう。淡々と首肯した。
「ハーティさんは素直じゃないところがありますが、本当はとってもわかりやすくて、可愛い子なんですよ~」
「ちょっとメリー!? それ、どういう意味よ!!」
「はてさて。ハーティさんは可愛らしいというお話ですよ?」
「あなたね……!!」
顔を真っ赤にさせたハーティスがメリーに噛み付く。俺にはその『可愛らしさ』というものがさっぱりわからんがな。
擦れた心地で店主を睨みつける。にこにこ笑った彼女は、思いついたといわんばかりに、ぱんと手を叩いた。
「そうですね。ハーティさんもケニーさんもお困りのようですし、少しだけお手伝いしましょうか?」
「い、いらないわよ! あんなやつ、もっと反省すればいいのよ!」
「おやおや。ですけど、ケニーさん具合悪そうですよ? ハーティさんのお話でお聞きした印象よりも、お疲れのように見えます」
「そんなことないわ!!」
「お前な……ッ!」
つんと顔を背け、ハーティスが怒鳴る。怒りたい心情を必死に耐えてきたが、そろそろ限界だ。一方的に言われっ放しなど、本来我慢出来るものでもない。正しく『こちらが下手に出れば……』のあれだ。
カウンターを手のひらで打った俺に、はたと瞬いたメリーが柔和な笑みを浮かべる。落ち着いた声音で、ハーティスへ話しかけた。
「ハーティさん。ちゃんとケニーさんのお話を聞きましたか? エルンテで、ハーティさんは『家出していたら、連絡も取れない』と言っていました。折角相手が目の前にいるんです。ちゃんとお話しましたか?」
「……だって、ふてぶてしいんだもの」
「あはは。では、メリーさんからの宿題です。
一日ひとつ、30日間。相手の良いところを紙に書いて、お互いに交換してください。30日後、わたしが採点します」
「なっ!? 何よそれ! こ、こんなやつに良いところなんて……!!」
「おい、お前ッ。勝手なことをいけしゃあしゃあと……!」
真っ赤な顔でハーティスがカウンターを叩く。昆布の沈んだ茶器が音を立てた。
30個もハーティスの『いいところ』を見つける? どんな無茶だ!!
断固としてお断りだと訴える俺と、喚くハーティスを交互に見遣り、メリーが仕方なさそうに頬に手を添えた。
「そうですね。ではヒントを差し上げましょう。例えばそこのカイン」
「……私ですか」
「彼は真面目です。これをネガティブに言い換えますと、神経質、融通が利かない、冗談が通じない、などになります」
「メリーさん、喧嘩でしたら言い値で買いますよ」
「対してポジティブに言い換えます。誠実、勤勉、忍耐強い、清潔感がある……こんなところでしょうか?
ものは言い様です。短所は視点を変えれば、長所になります」
「ヒステリーを長所に言い換えると何だ? 感受性が豊かか?」
「誰がヒステリーよ!?」
「お前以外の誰がいる!!」
椅子を蹴って立ち上がった俺とハーティスの間に、カインが割り込む。まあまあと両手を上げる彼は冷や汗を掻いており、渋々合戦を中止し椅子へ戻った。メリーがにこにこ笑う。
「では早速、今日からはじめましょうか! どうぞお二人とも、こちらのメモをお使いください」
「今日!? 何でそんな急なのよ、メリー!!」
「何故俺がこんなこと……ッ」
「素数を唱えるより、有意義だと思いますけどねえ」
食えない笑みでメモ紙とペンを差し出したメリーが、ぱちんと片目を閉じる。そのままぐぬぬと唸るハーティスの前へ行き、頬杖をつきながらにこにこ見守っていた。
ハーティスの長所などと言われても、気の立っている心情では短所ばかりへ目が行く。……口喧しい、お節介、ヒステリック、人の話を聞かない、すぐ怒る。……どうしろと。
悩み抜いた末に、『面倒見が良い』と書いた。小さな紙を二つ折りにし、無造作にハーティスへ突き出す。戸惑った末に受け取られた用紙が開かれ、文字を読み取ったあいつがぎろりとこちらを睨んだ。……そこまで睨まれる内容か!?
ハーティスから紙が来た。『大胆』……さてはお前、図々しいか、態度がでかいと書こうとしただろう!?
それからメリーの策略通り、俺とハーティスの一言交換メモが始まった。
またしても踊らされている感じが癪だが、ハーティスへ謝罪を述べるためには、あいつを話の聞ける状態にまで持っていかなければならない。出来なければ、俺は家から放逐だ。……そのときは潔く腹を斬ろう。
何より苦しいのが、ハーティスの長所だ。メリーのルールに「同じ言葉は駄目ですよ~」が追加されたため、ふたりして相手を睨みながら、何とか長所を捻出して紙に書き出している。
ある程度ストックを作る俺とは異なり、ハーティスは不器用に一日ひとつひねり出しているらしかった。……効率が悪いな。
『清潔感がある』
『背が高い』
『爪が整っている』
『顔がいい』
「あなたっ、見た目ばかりじゃない!!」
「お前こそ露骨過ぎるだろう!? 何だ、顔がいいって!!」
「読み上げないでよ馬鹿!!」
ハーティスに思いっ切り背中を叩かれた。くうっ、覚えていろよ……!
じんじん痛む背を庇って自席につくと、にやにや笑うロイスに肩を叩かれた。何となく癪に障ったから、肘を殴ってやった。ロイスは痛みに転がっていた。
『整頓が出来る』
『自信満々』
「おい、ハーティス! これはどういう意味だ!?」
「何よ! ちょっとくらい鼻折れなさいとか、思ってないわよ!!」
「悪意!!」
メリーへ審判に出した。「自信満々っていいと思いますよ~。お買いもののときとか、助かりそうです」
のほほんとした笑みでとんちんかんな返しをされた。解せぬ。
『行動力がある』
『脚が長い』
『意外と純粋』
「……書き直す」
「おい」
「書き直すったら! 見ないでよすけべ!!」
「はあ!?」
思わずかちんとくるも、顔を真っ赤にさせたハーティスが後ろ手でメモ紙を隠したため、無理に奪うことも出来ない。乱雑に頭を掻き、「夕方までに寄越さないなら、明日二枚だからな」ぼそりと告げて教室へ向かった。
その日の帰る直前に、真っ赤な顔を俯けさせたハーティスが、突きを疑う勢いで俺の脇腹へメモを叩き込んで走り去った。噎せる俺の背をぺんぺん叩いたロイスが、床に落ちた四つ折のメモを拾う。手渡されたそれを開いた。
『流れ星くらいたまに、うんと時々だけ優しい』
どういう意味だ!!
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