メリーさんと線路の旅02
「サントルレクタンは、王都に次ぐ大きな街ですね。港町のマリンスクエアとも近く、物資も豊富です」
駅で購入したサントルレクタン観光案内本を開き、ハーティさんへ解説する。多様な人混みに圧倒されている彼女は、わたしの上着を握ってきょろきょろしていた。
「仕立て屋さんや香水、貴金属にお手入れ用品。なるほど。美の追求に余念のない街ですね」
「とっても興味があるわ」
「どちらから参りましょう? ハーティさんのご希望に合わせて、このオススメのお店を選出します」
肩越しに振り返ると、きらりと目を輝かせる年頃の少女がいた。お洒落大好きハーティさんは、意気揚々と「全部!」答える。紅潮した頬は可愛らしく、ついつい笑みが零れた。
「では、道なりに進んで行きましょう。はぐれないでくださいね」
「もう、メリーったら! 私は子どもではないわ」
ぷっくり頬を膨らませたハーティさんが、わたしの上着を握る力を強くする。ぎゅっとしたそれに笑みが浮かんだ。はいはいと頷いて、地図の通り道を進む。
全体的に裕福な街なのだろう、身形の整った人が多い。主人のお使いなのだろうか使用人の姿も見え、馬車の停留所も混雑している様子だった。着飾った婦人や令嬢、はたまた紳士なども溢れ、この街は毎日お祭り騒ぎなのだなとの見解を得た。
「メリー! メリー!!」
くいと上着を引かれ、後ろを振り返る。きらきらと瞳を輝かせるハーティさんは、硝子窓を指差していた。
「見てちょうだい! このドレス、とても可愛いわ!」
「わあっ、ハーティさんって感じですね~」
黄色地に散りばめられた宝石が輝き、角度に合わせて光を弾く。シフォン生地による膨らみには青色の造花がいくつも留まり、華やかさに一役買っていた。ふんわりと広がる裾と、腰の辺りでピンと伸びた大き目のリボン。胸元を飾る刺繍は豪奢で、ひたすらに圧巻された。
「……はあ。こういうドレスの似合うレディになりたいわ……」
「似合うと思いますよ?」
「も、もう。調子いいんだから……!」
頬を真っ赤にさせたハーティさんが剥れる。そんな姿が可愛らしくて、くすくす笑った。
確かハーティさんのイメージカラーは黄色だったから、問題なく似合うと思う。そんなに心配しなくていいのにと笑い、はたと気付いた。……そっか、乙女ゲーム。ハーティさん、将来的にこういうドレスを着るんだ。
「ほら、メリー! 次行くわよ!」
「わかりました。あ」
「どうかしたの?」
わたしの服を掴んだハーティさんが、不思議そうな顔をする。彼女へ観光案内本を見せ、該当箇所に指を乗せた。
「この先に、ノネの泉という、お願いごとを叶えてくれる泉があるそうです」
「そんなものがあるの?」
興味深そうに瞬いたハーティさんが、しげしげと文面を見詰める。一通り眺めた彼女が、ふうん、頷いた。ちょこっと解説を加える。
「そういう伝承があるようですね。泉の正面に戦女神の石造があるんです。その戦女神の方を向き、お願いごとを思い浮かべながら、背後の泉へコインを投げる。見事泉にコインが落ちれば、戦女神がお願いごとを叶えてくれるそうです」
「……どんなお願いごとでも?」
「どうでしょう? 戦の女神ですから、勝負事に強そうですけど」
「行くわよ、メリー。土下座を願うの」
わたしを見詰めるハーティさんの目は、据わっていた。沸き立つ黒いオーラが見えそうなその表情に、喉が勝手にはいと答える。ふつふつと煮えたぎる怒りを震わせながら、彼女がうっすらと笑みを浮かべた。
「あの男に、必ず土下座をさせるの。戦の女神が味方につけば、私の勝利も確定でしょう?」
「げ、験担ぎに行きましょう! そうしましょう……!」
その後、ハーティさんの殺意溢れるコインは、一直線に水面へ突き刺さった。
「メリー、あなた、その身体のどこにそんなに入るの……?」
「ひふふふぉふぇふふぇふぉ」
「食べながら喋らないの!!」
ハーティさんに怒られ、ごくんと口の中のものを飲み込む。さすがは賑わいの街サントルレクタン。ごはんがおいしい!
肉厚のハンバーグにナイフを差し込み、溢れる肉汁を零さないように頬張った。おいしい! ハンバーグなんて手間のかかるもの、自分では絶対に作らない!
呆れ顔のハーティさんが指摘するわたしの食事量だが、折角の旅行なんだ。おいしいものをいっぱい食べたい。お昼ごはんに、休憩のおやつに、そしてこの晩ごはん。きっちりしっかりがっつりと食べている。
おやつに食べたバケツみたいなパフェ、おいしかったなあ……。ぺろっと食べ切ったときには、ハーティさんに物凄く引かれてしまったのだけど……。でも、ケーキとかプリンとか、色々乗っていておいしかったなあ。
周りの人どころか、お店の人にも驚かれちゃったのだけど……。
「メリーの七不思議だわ……」
「楽しそうですね~、七不思議って」
「そうかしら?」
首を傾げたハーティさんが、小さくハンバーグを切り分ける。上品で洗練された動作で、彼女が一口食んだ。こんな何気ない仕草が、彼女をご令嬢なのだと裏付けている。
窓から見える景色は、夜空に沈むサントルレクタンの街並みだ。窓明かりが暖かな色を伸ばし、石畳を暖色で照らしている。人が多い街だからか、明かりの数も多かった。視線では数え切れないそれを追いかけ、ハーティさんへ戻す。窺うようにこちらを見詰めていた彼女が、神妙な声音を出した。
「ねえ、メリー。メリーは家族っているの?」
「いますよ。離れて暮らしています」
「……ひとりって、寂しくない?」
「ハーティさんが遊んでくれるので、ちっとも寂しくありませんよ」
「も、もう! 調子いいんだから!」
赤くなった頬を膨らませたハーティさんが、黙々とハンバーグを口へ運ぶ。
冷めてしまっては勿体ない! わたしも急いでハンバーグにナイフを差し込んだ。んーっ! おいしい!!
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