ハーティさんとメリーの客02
あれからメリーの店に、カインがいることが多くなった。これまで他の客がいなかっただけに、何となく不思議な気分だ。カインは本棚の間で古書を読んでいることが多く、度々メリーから昆布茶を支給されている。
カインはシンプルな服装を好むようで、黒のカーディガンをよく着ている。実直そうな見た目は清潔感もあって好印象だ。ふむふむ、中々悪くないじゃないの。
「ねえ、メリー。カインとは何処で知り合ったの?」
「うーん。小さい頃なので、よく覚えていませんね。家の近くでしょうか?」
「それ、昔馴染みというより、幼馴染じゃない!」
「あはは、そうかも知れませんね」
にこにこ、メリーが微笑む。先ほどまで彼女が着用していた事務員アームカバーは、私の美醜センサーが不可を出したので外させた。情けない顔をしたメリーは渋々私に従い、ぼさぼさの髪にもブラシを通させた。レディなんだから、もっとしゃんとなさい!
「ありがとうございます、ハーティさん。僕が言っても聞いてくれないので、助かります」
「まあっ。メリー、カインを困らせてはいけないじゃない!」
「うううっ、どうして余計なことを言うんですかぁ、カインー!」
「余計なことではありません! 身嗜みは生活における最低限の、」
「あーっ、うー! カインのお説教なんて、聞きたくありませんー!」
「お待ちください! 今日という今日は、しっかりと聞いていただきます!」
カウンターをひらりと飛び越え、奥へ逃げたメリーをカインが追いかける。直後、「何ですか、このお部屋は!!」響いた悲鳴にメリーの泣き声が加わった。こっそり覗けば、生活力のないメリーの惰性全開な部屋にカインが愕然としている。「女の子のお部屋に勝手に入っちゃいけませんー!」必死にメリーが彼を押し出そうとしているが、女の子を名乗るなら、もう少し片付けた方がいいと思う。
「メリーさん、正座!!」
「ふぁいっ」
「本は本棚へ! 脱いだものは畳む!! ベッドは物置ではないと、何度申し上げればご理解いただけるのですか!?」
「物置ではありませんっ、わたし、ここで寝てます……!」
「尚更性質が悪いです!!」
雷が落ちたとは、このことだろう。温和なカインの怒涛のお説教に、正座したメリーが情けない声を上げている。ええええんっ、喚く彼女をしげしげ眺めて、ぽつりと呟いた。
「メリー、あなた。私がこの間掃除したのに、もうこんなにしたの……?」
「……メリーさん?」
「あわわっ! ハーティさん、しーっです! しーっ!」
「ハーティ嬢のお手を煩わせた上に、何たる体たらく! 今日こそはお片付けしていただきます!!」
「わーんっ、いやですー! わたしはぐうたら本を読みたいんですー!」
「全く反省されていないようですね!?」
怒っているカインのわざわざ怒るようなところを煽るだなんて、メリーったら、学習能力がないのかしら……?
めそめそするメリーが心配になってしまう。カインの口調と相俟って、乳母や執事のじいや、家庭教師の先生が脳裏に溢れた。彼女等から怒られた過去が不意に思い起こされ、ぶんぶん首を振って払う。
メリーがベッドにこさえた山を崩した瞬間、カインが即座に顔を背けた。耳まで真っ赤になった彼は、先ほどまでの毅然とした態度を何処かに吹き飛ばしてしまったらしい。懸命に顔を背け、悲痛な声で叫ぶ。
「し、下着は! 纏めてクローゼットにお隠しくださいッ!!」
「……毎日使うものだから、いいじゃないですかぁ」
「メリーさん!?」
「はぁい……」
さすがにカインが可哀想になった。
小型の脚立に登ったカインが、腕を伸ばして電球を替える。きゅるきゅる音を立てるそれをカウンターから眺めながら、にこにこ笑うメリーへ声をかけた。
「この店、わざと薄暗くしていたのでは、なかったのね」
「はい。電球の交換を忘れていただけです」
「忘れないでしょう、普通……」
「……よし。終わりましたよ、メリーさん」
「ありがとうございます、カイン!」
かちり、カインが手許を鳴らす。青や桃色の硝子で出来たランプシェイドが、電球を囲って光を纏った。ステンドグラスのようなそれは光に透け、きらきらとあたたかな色を描く。
穏やかに微笑んだカインが脚立を畳み、メリーが嬉しそうに駆け寄る。……何となくお似合いに見えたふたりの姿に、むすりと胸中が不貞腐れた。……この頃カインが店にいるため、以前のようにメリーと話せない。何だか面白くない……。
「そういえばハーティさん、最近の調子はどうですか?」
「……え?」
丁度思っていたことを言い当てられ、どきりと心臓が跳ねる。ちらりとカインへ視線を向けると、意を汲み取ったのかメリーが彼の背を押した。
「カイン、お使いへ行ってくれませんか? ベーコンと、キャベツと、あとトマトがほしいです」
「え? わ、わかりました」
「あと石鹸もひとつお願いします」
「石鹸ですね。直ちに」
「ゆっくりでいいですよ」
「は? はあ……」
不思議そうに瞬いたカインが頷き、店を出て行く。ひらひら手を振り見送るメリーを眺め、疑問に思ったことをそのまま口にした。
「カインって、何している人なの?」
「うーん、お手伝いさんでしょうか?」
「私が聞いてるのよ。何だかメリーに対して、いやに丁寧だし……」
「あははっ。それはですね、わたしが彼の弱味を握っているからですよ」
「え!? そうなの!?」
はい、と自信満々に頷くメリーが胡散臭く見える。だって、何処からどう見たって、メリーの方が弱味を握られているじゃない!
「まあ、カインのことはいいんです。それよりハーティさん、婚約者さんとはどうですか?」
「聞いてよ、メリー!!!!」
ここしばらく溜まっていた鬱憤を、勢い良く吐き出す。
途中からカインがお使いから帰っていたらしい。全く気付かなかった私は延々あの男の話をしていて、気がついたときにはカインの笑顔は引き攣っていた。「女の子の恨みは、こわいですね」と呟いた彼は、どうぞお気になさらずと席を外し、彼からお使いの品を受け取ったメリーは、「カインは空気が読めますから」とにこにこしていた。
それからカインは、私が来るとそっと席を外すようになり、気を遣わせていることを謝ると「気にしないでください」と穏やかに微笑んでくれた。
メリー! この人、すっごく良い人じゃない! お買い得よ!!
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