第42話 歪みゆく世界

何もかもが間違っている。

それから歪んでいる。


俺は眉を顰めて目の前のソファで寝ている由利を見ながら拳を握り締め、歯を食いしばってからその様に思った。

何故なのだろうか。


それから何が間違っていると言われたら.....由利の居る環境だ。

まるで.....牢獄.....いや。

鳥籠に囚われている鳥と言っても過言じゃ無いかも知れない。


由利は理由が有って記憶を失っている。

それは俺達のせいだ。


そのせいも有り、普通は心から心配するのが当たり前だと思う。

それなのに.....相澤社長は由利を。

自らの娘を.....道具としてしか見てない様に見える。


そして更に言えば.....道具として見ているだけならまだ良い。

だが.....一言、吐き捨てる様に、情けない。

その様な言葉を相澤社長が発した事に俺は激昂せざるをえず。

そして.....今、由利はその場所から逃げてしまった。


由利をゆっくり風呂に入れた後の空気はかなり.....淀んでいた。

もや、霧など.....。

なんと言ったら良いのだろうか、それが掛かっている様に、だ。


俺はその中で。

母さん、俺、皆穂、由紀治さん、ノアが居るこの息苦しい空気の中。

かなり怒っている様な皆穂を見て、俯いているノアを見た。

どうすれば良いのだろうか、と思っていると。

母さんが切り出した。


「.....由利ちゃんは嫌だったんだと思う。だけど.....ご両親.....社長が心配しているから.....帰らないといけないと思うわ」


「.....でも母さん.....それは.....」


「.....西子さん」


悔しい感じで拳をもう一度、握って居ると。

俺の義父の由紀治さんが俺を見て和かな感じで言ってから母さんを見た。

その事に俺は?を浮かべながら少しだけ首を傾げて見つめる。

由紀治さんは由利を見てゆっくり言った。


「.....帰すのも手だと思う。それはとても大切だとは思う。だけど.....今.....由利ちゃんは嫌だって逃げ出したんだよね?だったら別の方法を取らないといけないかも知れないよ。じゃ無いと.....また逃げ出してくるんじゃないかな。意味が無いと思う」


「.....でも.....あなた.....」


「.....僕の過去の事も有る。.....参考にできるんじゃ無いかな」


「.....!.....あ.....あなたそれは.....」


俯いてクッと言ってから。

母さんが一気に目頭に涙を浮かべて.....涙を流す。

俺は?!を浮かべながら由紀治さんを見る。

よく周りを確認すると.....皆穂も少しだけ複雑な顔をしていた。


俺は.....頭にクエスチョンマークしか頭に浮かばない。

そんな感じで居ると.....母さんが絞り出した。

布を絞る様な掠れた声で、だ。

まるで瀕死の人間の様な声で有る。


「.....あなたが家を飛び出たその.....話は秘密にするんじゃ.....」


「.....僕は大切な人を救う為なら嫌な過去話が出ても構わない。由利ちゃんが苦しんで息子が苦しんでいるなら尚更ね。だから僕は.....秘密を持つのを辞めるよ」


「由紀治さん.....」


母さんは号泣した。

俺も驚愕しながら由紀治さんを見る。

由紀治さんは.....立ち上がり俺の頭に手を添える。

それから.....由利の寝ている姿を見て言葉を発する。


「由利ちゃんを救おう。ね」


「.....はい!」


目の前。

いや、俺の眼前には.....壁が有ると思っていた。

しかし、由紀治さんや。

皆んなに支えられ。

乗り越えられる気がした。


「.....由利を救おう。皆穂。ノア!」


「うん。そうだね」


「そうだね.....お兄ちゃん」


『当然、僕もだね』


いきなり数人の声がした。

俺は目を見開いてポケットを見る。

携帯から声がした様な.....。

よく見ると、携帯が勝手に通話状態に.....って!

数人!!?


「お前!俺の携帯に何した!」


『まぁ、細工だね。一応の』


「遊ぶな!俺の携帯だぞ!」


『必要な時にしか使わないから安心して。僕は僕なりに行動する』


いやいや!そんな事は聞いてない!

と言っていると。

背後から寒気がした。


よく見ると、皆穂が俺の携帯を凍る様な目で見ている。

どうやら、手を勝手に出されたのにムカついている様だ.....が。

俺は大慌てで皆穂を止める。


「皆穂!落ち着け!」


「お兄ちゃん。数人は殺しても良いの?そんな事をするなんて」


『聞き捨てならないね。僕は必要だから改造したまでだから』


「お、お前!火に油を注ぐな!」


アタフタする、俺。

ガソリンに火を点けたレベルだぞ!と思いながら背後を見ると。

母さんと由紀治さんが笑っていた。

ノアも、だ。


「面白いね。数人くんとやらは」


「いや、由紀治さん.....笑い事じゃ無いです」


「ハハハ。君のお陰でみんな落ち着いているよ。流石は吉くんだね」


苦笑する、俺。

そして.....皆穂は数人と会話していた。

すると、だ。

由利が目を覚ました。


「.....ここ.....は」


「.....由利ちゃん.....大丈夫?」


目を擦っている由利に心配げにノアが聞く。

すると.....由利は見開いて。

叫び声を上げた。

俺達は皆んな驚愕する。


「いや!!!!!.....わ、私.....!!!!!」


その姿は.....まるで.....親を否定する様な感じだった。

由紀治さんが.....少しだけ複雑な顔になる。

俺は.....それを見てから.....ノアを見た。

ノアは由利をゆっくりと抱き締める。


「大丈夫.....由利ちゃん.....もう大丈夫だから」


「.....でも.....でも!」


「落ち着いて。私達は貴方を突き出したりしないから」


「.....う.....」


ワンワンと号泣した由利。

その姿を見ながら俺は.....唇を噛んだ。

こんな姿になるまで.....追い込むなんて.....!

すると.....由紀治さんが由利の手を静かに握った。


「由利ちゃん。僕はね。吉くんと皆穂の父親だ。.....そして.....君と同じ様な境遇の人間なんだけど.....何があったのかな」


「.....同じ.....?」


「.....僕は実家の両親から捨てられた身分でね。飛び出したんだ。家を。それで.....今に至っているんだけどね」


あまりの衝撃だった。

まさかの言葉に俺とノアは驚愕する。

え?と、だ。

由紀治さんって.....そんな過去を!?

俺は.....目を丸くしながら見る。


「.....えっと.....そうだね。家に居ても良い。だけど質問に答えて欲しいんだ」


「.....例えば?」


「.....君に何があったか、とかね」


由紀治さんは柔和に笑んで由利の手を握る。

それもおにぎりを優しく包む様に、だ。

赤子の手を握ると言う表現でも良いかも知れない。


由利はその手の暖かさ故か遂に話し出した。

帰ってから何があったのか、を。

そして.....何をされたのかを。

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