第6話 家族関係を分析してみよう(説明回)
大聖堂前で2台の馬車が停まる。
母ライラは車中でベールを身に着け、俺の妹リリを女中に預けて馬車を降りた。俺とリリを抱いた女中も母に続いて馬車を降り、公爵本家の馬車の前に本家馬車より降りた家令のヨダや他の執事、女中と共に並んで首を垂れる。
一般的な貴族の妾として当然の姿である。
母は率先してこれを行っている。公爵本人からそのような必要は無いと何度も言われているのに決して辞めないのだ。
それは内外に敵を作ることも多い宰相としての立場にある父に一片の瑕も許さない、母の愛の現れなのだと皆が知っている。
だから公爵閣下としての父や本妻、異母兄弟たちは馬車から降りても一切俺たちのほうを見ないし、口を開かない。
口を開いてしまえば、自分の最愛の家族の姿に嘆きの声が漏れてしまうから。
デリック公爵を先頭に、正妻ヨランダ、長男ジョセフ、双子の次男マシューと三男マルコが聖堂へと入り、家令ヨダ、女中頭の後に俺たち三人が続いた。他の使用人たちは大聖堂へ立ち入ることは許されていない。妹のリリは礼拝の長さに我慢できないことを理由に、女中たちと馬車でお留守番である。
礼拝は讃美歌から始まり、司教による祈りが行われてから大司教が登壇しその日の説法が行われる。説法が終われば説法内容に基づく讃美歌が歌われ、ガレル王国の国家を歌い、国家繁栄が最初に祈った司教とは別の司教が祈り、礼拝は終わる。
礼拝の作法としては、大聖堂に足を踏み入れた時から大聖堂を立ち去るまで一切の言葉を発してはならないのだか、あってないようなマナーだ。さすがに説法中に雑談をするような不調法ものは……少ないと思いたい。
ちなみに俺たちデリック公爵一座は一切言葉を発しない。
大聖堂に立ち入った時から幾人かの侯爵や辺境伯に話しかけられる時ですら、一礼するだけで一切言葉を発しないのだ。
まさに高潔を形にしたような貴族の見本。しかしながらそんな父に唯一のアキレス腱とも言える瑕疵、明確な弱点が存在する。
それが、妾である俺の母ライラの存在だった。
表向き高潔であるはずの宰相閣下に妾の影。
王国の利権を狙う反宰相派の貴族たちにとっては格好の的である。と共に、完璧であるはずの宰相閣下もやはり人の子か、と宰相を侮るものも現れる。
貴族社会はスキャンダルを好む。それは俺が前世で経験した、地球の政治家や芸能人のスキャンダルへの世の中の反応とよく似ていた。
だからこそ母は『完璧な妾』を演じなければならないのだ。たとえ公爵本人から求められても決して前に出ず、公爵家族の引き立て役と反宰相派達の妬み嫉みの的となる。最愛の家族の盾を、自ら望んでいるのだ。
俺が三歳になり、母に尋ねたことがあった。
「母上は何故、父上が一緒に歩こうと言っているのに一緒に歩かないのですか?」
「私はみんなを愛しているから。全身全霊をかけて、デリックとその家族を守ると、心に決めたからよ」
それにね、と元冒険者の母は続けた。
「魔物の群れを狩るときは、必ず包囲に穴をあけておくの。魔物の群れから街を守るときも同じ。必ず弱い場所を作っておくのよ。どうしてかわかるかしら?」
「……包囲の穴から逃げようとしたり、弱い場所を攻撃してくるから?」
「その通りよ。ローレンスは賢いわね。そして必ず、包囲の穴や防備の弱い場所の裏側には、致命的な罠か最強の戦力を置いておくの。さて問題です、この国最強の戦力といえば誰でしょう?」
「オリガ様……かなぁ」
「その通り!オリガ様はこの国の建国以来ずっとこの国を守り続けてくれているわ。それはこの国の王族にとっても同じこと。王国を守るために時には非道ともいえる判断をする方だけど、心根はとてもやさしいお人なのよ。話は少し逸れちゃったけどつまりね、私はデリックの弱点でもあるけど、実はこわ~いこわ~い罠でもあるのよ」
父を追い落とそうとするものは、必ず母上を狙う。王国の守護者であるオリガ様も父本人も、母を狙うものを探すだけで簡単に相手を捕らえられるのだ。
無論、このような見え透いた罠に手をかける無能であれば排除することに一切のためらいは無い。母が妾となった一年で不正を告発されたり、謀の返り討ちとなり断絶した貴族家の数は過去十年に処刑となった貴族の二倍以上の数に上ったらしい。
逆に母の存在を罠と知り、決して手を出さず虎視眈々と宰相の座や王国の利権を狙う者たちがいる。その能力は、王国にとって必要な有能さであると父は割り切っているそうだ。自分を出し抜けるほどの有能な者なら、別に宰相の座を譲っても構わないと。
ただし、邪悪なものではいけない。王国を滅びに導く存在であってもならない。そのようなものの場合は、オリガ様が黙ってはいなかった。『停滞』の魔法の極致をもって、邪悪なものは悉く滅びることになる。
父デリック・アサンタ公爵にとって、宰相という立場を狙う者たちにとって自らのスキャンダルは、今後の宰相を担う人選を行う篩のようなものだった。
高潔にして清濁併せ呑む政治家。それが父、デリック・アサンタ宰相閣下。
俺の自慢の、最高の父親だった。
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