第4話 理解者をゲットしたぜ

 俺はオリガ先生に全てを打ち明けた。

 前世では30代半ばまで生きてきたが一人の暴漢の手により命を落としたことから始まり、35年の人生や子供のころから造形モノが大好きだったこと、死ぬ直前までハマっていたアニメの事や、今までの女性関係、生まれ変わってから言葉を覚え始めるとともに前世の記憶が少しずつよみがえってきたことなど、とりとめもなく話し続けた。


 家族にも隠し続けた自分の秘密を吐露したことで、知らず涙が溢れ出していた。


「たくさん泣くといいわぁ、今までつらかったのねぇ」


 そういうとオリガ先生は俺をその豊かな胸に、そっと抱き寄せてくれた。


「うっ、ぅううっ……うああああぁぁぁ」


 俺は、彼女の胸の中で大声で泣いた。

 オリガ先生の腕の中はとても暖かく、彼女はひんやりとした、でもぬくもりのあるその手で俺の頭と背中を優しくなで続けてくれた。


 泣き疲れた俺は、彼女の胸の中でいつの間にか眠ってしまっていた。


 彼女は、ミントのような爽やかな魔力草の香りと、その奥にバニラのような甘い匂いがした。


「転生者自体は珍しい話じゃないから、きっと家族も受け入れてくれるわ」


 意識を失う直前、オリガ先生の言葉がすっと沁み込んでいった。




 目を覚ましたのは自室のベッドの上だった。窓から差し込む夕日が部屋を真っ赤に染めていた。あれから多分、三時間ほど経っているだろう。

 オリガ先生の腕の中で眠ってしまったことを思い出し、頬が熱くなるのを感じた。

 鼻の奥に、オリガ先生の残り香が残っている気がした。


 トントンと控えめなノックが聞こえた。

 俺が寝ていたら起こさないようにという気遣いだろう。


「どうぞ」


「失礼いたします、ローレンス様」


 水を張った手桶と手ぬぐいを手にした女中が、そう言って入ってきた。


「お加減はいかがでしょうか」


「問題ありません。……オリガ先生は?」


「一時間ほど前にお帰りになりました。また来週お越しになるそうです。それよりもローレンス様、お顔を拭いてお着換えなさってください。間もなくご夕食のお時間です」


 わかりましたと答えて、俺はベッドから立ち上がる。

 手桶に張られた水で顔を洗い、女中の世話を受けて着替えてから食堂へと向かった。


 食堂のドアをノックし来室したことを告げると、どうぞと母が応じた。


「何があったのか知らないけど、あなたもなかなかヤるわね!」


 グッとサムズアップを決める母と、意味はきっと理解していないが母の機嫌が良いのを察してはしゃぐ妹リリ。


「あんな美人のオリガ姉さんの胸の中でスヤスヤ眠っているのだもの、お母さんびっくりしちゃった。あなたも何だかんだ言ってあの人の息子よねぇ……あの人を愛するようになったあの夜を思い出しちゃったわ」


 母はオリガ先生のことを、姉さんと親しみを込めて呼ぶ。

 公爵家に妾として嫁ぐことになったその日、王家の相談役であるオリガ先生と出会い意気投合して以来、姉のように慕っているのだ。


「何を言っているんですか、そんなんじゃないですよ」


 赤くなってしまった頬は誤魔化せないだろうが、母の追求を振り切るため視線をそらして席に着いた。


 母は元々、凄腕の冒険者だった。父が15歳で盗賊団討伐で初陣を迎えた日、冒険者として同行していた母は、犯罪人とは言え初めて人を手にかけて憔悴していた父を慰め、その夜に二人は結ばれたのだという。


「私もオリガ姉さんも、実の姉妹じゃないけどそれ以上に趣味が似てるのよ。デリックのあの日の姿に私は一瞬で心を奪われたけど、オリガ姉さんもあなたの姿にメロメロだったんじゃないかしら」


 母上、そのニヤニヤ笑いは少し品がありません。


 その日の夕食は、味がしなかった。

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