第3話 いきなり素性がばれましたわ
「さて、授業を続けましょうかぁ」
母と女中頭のお説教から解放された俺は、改めてオリガ先生が腰かけるテーブルの対面の椅子に座った。
「魔法の実技に移る前に、一つだけ聞いておきたいことがあるのぉ」
「何でしょうか、オリガ先生」
俺の浮ついた気分は、母と女中頭の愛によって吹き飛ばされ、改めてオリガ先生と二人きりになったこの空間には、ややピリッとした緊張感に包まれていた。
いつも眠そうなオリガ先生の瞳が、今ははっきりと開かれ、蒼い双眸がこちらをじっと見据えていた。
「異世界って、どういうこと?」
血の気が引いた。
「あなた……異世界からの転生者ね」
一筋の冷や汗が俺の背中を流れ、一瞬にして肌が粟だった。
別段素性を隠しているわけではなかったが、自分から語るのと他人から暴露されるのでは心構えがまるで違う。異世界テンプレによくあるような俺TUEEEEを試すつもりも、妾腹の立場を恨んでの公爵家簒奪なんてもってのほか、宗教はあるが実在するかどうかもわからない神殺しなんて試しようもない。この世界の害になる様なことも、この世界の技術に一石投じての産業革命なんてのも、異世界一般人であった俺には荷が重すぎる。
唯一後ろめたいことといえば、信じてもらえないだろうからと家族にすら秘密にし、知られてしまえば家族からの俺への態度が変わるかもしれないという臆病な俺の本心だった。
「警戒しないでもいいわよぉ、確認したかっただけだから」
オリガ先生がふと微笑み、いつも通りの眠そうな表情へ変わると、張り詰めた空気が一気に弛緩するのがわかった。
「そんなに怯えないでぇ。あなたがとてもいい子なのは分かっているし、過去の因縁に引きずられている訳でもなし、世界に仇なす野望に身を焦がしているわけでもないことくらい、この一年の付き合いでわかりきっていることだわぁ」
「そ、それじゃあ……なんで」
「確認したかっただけ、って言ったでしょぅ?あなたの家族にも、あなたが話すって決めなければ何も言うつもりはないわぁ」
「そ、そうですか」
俺はふっと息を吐いた。
でも、とオリガ先生が言葉を続ける。
「一つだけお願いがあるのよぉ」
「おねがい……ですか?」
体から力が抜けそうになるのを堪え、背筋を伸ばす。
オリガ先生はキセルを吸い、紫煙をくゆらせながら願いを口にした。
「あなたの前世がどのようなものだったかはわからないけれども、この世界を愛して、この世界で精いっぱい生き抜いてほしいの。過去にも異世界からの記憶を持つ転生者はそれなりに存在したわ。私が知らない転生者も含めて。そのほとんどの人たちは、自分の前世にこだわらずこの世界で精いっぱい生きて、人並みの幸せを手にしてその生を全うしていった」
でもね、と彼女は悲し気に目を伏せた。
「前世の因縁に引っ張られた転生者はみんな不幸になったわ。英雄にあこがれた少年は、蛮勇に駆られて早死にし、前世を恨んだ少女はこの世界でも恨みに呑まれて無念のうちに死んでいった。技術革新を夢見た青年は活躍を妬んだ商人に暗殺され、王権の簒奪を願った第三王子は宮廷闘争に敗れて首を刎ねられた。神殺しを目指した青年は、気狂いとして牢屋の中で餓死をした」
「……お、俺は」
「あなたの夢を聞かせてくれないかしらぁ?」
オリガ先生は、そう言うと優しく微笑んで俺と目を合わせた。
海のように蒼い双眸はとても魅力的で、豊かな赤み掛かった金髪はさらさらと絹糸のように肩からふわりと柔らかそうなその胸へと流れている。
この人、こんなにきれいな人だったのか。
俺は初めて肉親以外の3次元の女性に興味を持った。
「あなたの事が 知りたいわ」
桜色の唇からこぼれる様な吐息と共に囁かれた言葉に、俺はすべてを話すことに決めた。
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