第102話 手紙from壮一
松平潤平様へ
君がこの手紙を手に取り、読む日が来るのなら、その時私は死んでいるのだろうと思う。読まない日が続いてほしいがそうもいかないだろう。私の勘ではあるがどうだろうか。
私はこの手紙の中で伝えたいことが三つある。どれも想定の想定であるため、まったくもっておかしなことを書いてあるかもしれないがその時は飛ばしてほしい。当たっていた場合でも気負うことなく死人の小言だと思ってくれればそれでいい。
では一つ目だ。再起部を守ってほしい。
君は大原先生によって入部させられているはずだ。俺は私が先生に頼んだことなので、恨むなら私を恨んでくれ。私は再起部がどれだけ馬鹿にされようとも、必死に守ってきた。そんな大切な部活を私の代で終わらせるわけにはいかない。確か小学五年生の時に「彼氏ができた」とはしゃいでいた美玖に、「彼なら大丈夫」と念を押されたものだ。全く……。羨ましいものだな、そこまで信頼されていることは滅多にないぞ。
と、話が少しそれてしまったが、一つ目はこれだ。部活を大きくさせようが小さくさせようが、中身を変えてもそのままでも構わない。どうか私のために再起部を守ってほしい。
二つ目だ。二つ目は私の友達についてだ。
あいつは生徒会会長になり、私への償いをしているつもりのようだ。結局、私の作ったものはあいつには不必要あったようだが、まぁそれはそれであいつ自身が頑張っているならいいか、と思う。ただあいつは考えていることを素直に掃くやつではないため、きっと大原先生をはじめとした私の関係者はあいつのことを快くは思っていないだろう。美玖には私のしていることを悟らせはしなかったのだが、一年生の時から担任を受け持っていただいている大原先生にはかなわなかった。あの時は根掘り葉掘り訊かれたものだ。
あいつは変なところで真面目だ。そして絶対に意思を曲げない人間だ。ここからは、本当に推測になるが、もし君とあいつがどこかで接触していればあいつは必ず生徒会長にしてこようとするだろう。君にはその差異があるし、何より私が話してしまった。美玖がその話を聞きつけ、私の弱点をあいつに教えられてしまったが、もういい思い出だ。
君には生徒会会長の座を受けろ、という気概はない。私にその権利はないし、何より確かめができないからな。好きなようにしてくれて構わない。ただ一つだけ、言わせてもらえるのならば“自分で”決めてくれ、と言っておこう。
いくら考えたって私はもう生き返ることはできないし、勘違いの憎悪がすべて無になることもない。現実の問題は一つだ。自分がやるのか、やらないのか。君ならできると信じている。
三つ目だ。私の最愛の妹についてだ。
小学生の恋愛など、すぐに終わるだろう、なんて当時の私は思っていた。美玖が今まで見せたこともないような表情をするようになったのは今でも私自身の非力さと君に少しばかり嫉妬する。
そんな時だった。私が君に興味を持ったのは。
私は君が美玖と同じ高校を受験することを聞いていたし、それが私の高校であることも知っていた。
そもそも私は“生徒報告書”のようなたいそうなものを作る気はなく、君のみを調べるつもりだった。美玖が毎日毎日、飽きもせず君の話をするものだから、兄として疑ってみたくなった。
結論を言えば、わからなかった。ふさわしいのかふさわしくないのかなど、私が決めることではないし、君も君としてふるまっていて無理をしている様子もなかったからな。
こんな文面での形で済まないが、妹のことをよろしく頼む。
最後に四つ目だ。これはおまけなので四つ目にカウントはしない。
君は一つ、困っていることがあるのではないかい?まぁ、私が上から言えるのも美玖から教えてもらったからだが、ともかく君に私からアドバイスを送りたいと思う。
君が完全に変わってしまったのは中学三年生の受験前だったはずだ。その時に何が起こったか、どんな事件があったのか。当事者の君にはわからないはずないだろう?
それは“親友と君の親のトラブル”だ。
発展した理由は難しくない。おそらく受験勉強をさせたい母親と、頻繁に遊びに来る親友が喧嘩、いや親友が一方的に言い負かされたのだろう。それも必要のないこと、過度な攻撃によって。君は怒ったはずだ。どうしてそこまで言われなくちゃならないんだ、と思ったはずだ。
よく美玖が言っているよ。「潤平くんは私が助ける」って。
だが、結局、親友は去り、両親も逃げ、君は一人だということも聞いた。
君が今までの日々をどう過ごしてきたのかは私には見当がつかないが、これだけはいいたい。いつまでくよくよしている、と。過去は振り返ることができたとしても、修復したり破壊することは不可能だ。君は後ろ向きで歩いている。だがもう見限りをつけるべきだ。君の守らなければならない人や物はまだその手にあるんだ。彼らさえ、守れないというのならば君は過去に縋りつく虫も同然だ。
少々言いすぎてしまったかもしれないが、美玖から話を聞き、私なりに君のことを考えた結果だ。許してほしい。
書き忘れていたことがある。
私は美玖に対し、冷たくも暖かくもない態度で接してきた。それが妹は学校で起きた出来事を親よりも真っ先に私に話すのだ。同じ話を食卓でするので億劫だと思った時期もあったが、やはり嬉々として語る妹は私の光だった。
どんなに学校が苦しかろうとつらかろうと家へ帰ればそのようなものはすべて吹き飛んでなくなってしまっていた。
だが、私の返答はどれも決まって「あぁ、そうか」「よかったな」「おめでとう」ぐらいしかなかった。私の士気が迫っていると思うともう少し愛想よく返してやりたかったと後悔する。
美玖に謝罪と感謝を伝えてほしい。
このような時に限ってあまりいい言葉が見つからないが、「今まで素っ気なくてごめんな」「私は兄として美玖のしたいことすべてを応援する。いままでありがとう」、でどうだろうか。
君には頼ってばかりだが、死者への弔いとして一つ、依頼だ。
美玖を幸せにできるのは君しかいないと思っている。
ありがとう。
瑞山壮一
美玖が手紙を読み終え、それを落とした時、彼女は静かに泣いていた。
「大丈夫か?」
「うぅ……ひっく……」
生前の最後の手紙だと思われるそれは俺と美玖宛のものだった。俺への思いや会長の思い、壮一が知っている側面でのすべてが書き綴られていた。
すべて当たっていた……。
そう。推測で行った壮一の言葉は予言というのに等しいぐらいであった。
「……俺に任せるのか」
最後に俺へ託すのはミスだと思うが、それ以外は完璧な壮一が残した俺へのメッセージやアドバイス。
言葉は魂となって俺の閉じていた壁をゆっくりと溶かしていく。一文字一文字に重みがあることが伝わってくる。
「兄さん……ひぐっ……」
美玖にとって兄は心の置き所だったのかもしれない。周りの目があるときには決して言えなかった弱い時の美玖がそこにはいた。
「……大丈夫か?」
大丈夫ではないのが、十二分に伝わってくるが他にかけるべき言葉が見つからないため、俺は繰り返し、訊ねるしかなかった。
「ひっく……ペナルティ……」
今ですか……。仕方ない。
俺は泣いている美玖の手を取り、そのまま抱き寄せた。胸の中で小さく「え?」と声を漏らす美玖。
「これが二回分のペナルティだ」
「……不意打ち……っ……うわぁああんっ!!」
あふれて止まらない感情がついに決壊する。俺に抱き着かれて顔を見られないと思ったのか、どう思ったのかは定かではないが、美玖からもぎゅっと抱き着かれ、額を胸にぐりぐりと押し付けてくる。
「よく頑張ったな……あと、俺からもありがとう」
俺は泣き止むまでずっと背中をさすり続けた。
あの時からもう涙なんか出ないと思っていたのに、目頭が熱く、鼻がつんとする。これは涙だ。
もう戻ってこないと思っていた感情だった。
死者のはずなのに、彼はさらに感情を戻してくれた。
俺は必死にしがみつく美玖に見られなくてよかったと思いつつ、静かに涙を流した。
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