第101話 美玖の部屋

 上司の部屋に入ったことがない俺は心中、意味もなくシャドーボクシングをしながら美玖についていった。階段を上る途中、いったん立ち止まって振り向いてきたときは心底ぎょっとしたが、特に追及されることはなく、俺は美玖の部屋に入った。

 綺麗な部屋だった。ベッドや勉強机、俺の使っているものと大差はないはずなのに、整頓されて、新品のように見えた。ベッドに目が行ったときに、美玖が肩をびくっとさせたのは気のせいだったのだろうか。


「好きなところに座って」


「は~い」


 今、立っていたところに座った。別にどこでもよかったのだがわざわざ動く必要はないと思ったからだった。美玖も座ったが俺とはまぁまぁ距離を開けていた。


「どうしたんだ?そんな端っこに座って」


「ここが一番落ち着くの」


「一人の時でもそこにいるのか?」


「……いない、けど」


「今日は、端が落ち着くのか」


 俺がにやにやと笑っているとプイっとそっぽを向かれてしまった。自分の部屋ならもっとゆっくりゆったりいのに……。ここまで小さくなられるとただでさえ、女子の部屋でドキドキしている俺は何も話せなくなるぞ。


「あーその、すまん」


「え?なんで?」


「いや、調子乗った」


「別に乗ってはないと思うけど。なんか昔に戻ったみたいだね」


 俺がノータイムで返すからだろう。そして美玖と同じ昔を共有できるのは小学五年生か、金管バンド部の話しかない。美玖もそれは分かっていたらしく、金管バンドの話を始めた。


「潤平くん、一年遅れて入ってきたもんね」


「だって、先生怖そうだったし」


 金管には四年生から入部可能である。だが、体験入部ということで三年生の三月から入れる。その時の俺は音楽に興味はなく、友達と遊ぶ方が楽しかったし、音楽の先生はとても厳しいことで有名だったので入らなかったのだ。

 ところが、四年生に進級すると、その先生は転勤し、新しい先生が来た。四年生になると音楽に興味がわいてきた俺は、その先生に入らないかとオファーを受けたこともあって金管バンドに入部した。


 正直その先生とは卒業するまで顧問と児童の関係だったのだが、厳しかったのを覚えている。厳しい先生は厳しい分、実力があったため、後継人としてプレッシャーが大きかったのだろう。


「そのあとはびっくりするぐらい上達したもんね」


「そりゃどーも」


「あはは、照れてる照れてる。パートリーダーさん?」


「Sコル、うるさいです」


 俺はトランペットの一回り小さい楽器、“コルネット”と呼ばれる楽器でパートリーダーをした。オファーを受け、正式に入部したのは五年生であり、一年間のプランクがあったのだが、何故か俺が選ばれた。こればかりは一年上の先輩に聞くしかない。

 Sコル、というのはトランペット、“コルネット”の一種で簡単に行ってしまうととても高い音が出せえる楽器である。


 そう、俺たちの出会いは金管……ではないんだなぁこれが。


「あの時の美玖は冷たいというかなんと言うか、怖かった」


「潤平くんこそパート練習の時、めっちゃ怖かったし」


「しょうがないじゃん!俺は一年遅れているのにみんなにリーダーの働きを求められるんだから」


「私だって一人しかいなかったんだから大変だったんですぅ~!!」


 金管って、というより部活って出会いなんてしてる暇ないんだよ。自分のことで精一杯なんだよなぁ。

 俺たちの出会いはクラスだ。


「クラスは楽しかったけど」


「同じだったしな」


「?!」


 どうした急に?狐に包まれたような顔をして。あ、赤くなった。


「せんせいだけだったなー、はずれは」


「う、うん!!そうだね」


 先生だけは大外れ、大京だった小学五年生のクラスは美玖と初めて出会った場所、空間だ。5-4.はっきり覚えている。

 依怙贔屓をする先生だったとだけ言っておく。世の中の教師よ、あんまり好きかってやると後々笑われるぞ。

 俺が世の教師に忠告していると、妙にそわそわした美玖がそこにいた。心が浮き上がっているというか心、ここにあらずというか。


「美玖?」


「ひゃいっ?!な、何?」


「どうした?何かあったか?」


「いや、何でもない!!」


「なんでもないは使うことができないぞ?規則だからな」


 う……と美玖は黙ってしまった。


「んで?何かあったのか?」


 俺がやめる気ないのだと理解した美玖は自らの体をさらにぎゅっと抱きしめ、小さくなった。足がもぞもぞと動く。


「さっき潤平くんがさ、同じだったって言ったから」


「から?」


「私と一緒だから楽しかったのかなって思ったの……」


「あぁ、その通りだが」


 えぇーっ!!と、驚く美玖。

 当たり前の話だが、と俺は美玖の反応がいまいちよくわからない。付き合いだしたのは五年生とはいえ三学期の二月だったため、五年生を総称して言うのはおかしいといいたのだろう。

 美玖は今でこそ“五本の指”だなんて呼ばれているがその時まだ、よくいう女の子の一人に過ぎなかった。逆に俺は自分でいうのもおかしな話だが結構活発で男子の光輝くポジションにいた。

 それがいつの間にか逆になってしまったな……。


「私って何かしたっけ?」


「告白?」


 ズバッと切れたような音がした。


「そ、それはそうだけどさっ!ほ、ほかにってこと!!」


「そんな食い気味に言わなくても……」


 実は一つだけエピソードがあった。俺は心の中でその内容を思い出した。


 ある月の一日、席替えがあった。その席替えは好きなところに座り、他社と希望が重なるとじゃんけん、という比較的良心的な席替えだ。

 その時に俺と美玖は付き合っていなかったのだが、俺はある一人の女子に籍をここに選べと指定を受けた。俺は特に断る理由もなくいいよ、と返事をした。今になって思うとあれは美玖が友達に頼んだのだと考えている。

 見事席が隣になり、俺はそこから妙に気になっていくようになるのだが、それはまぁべつの話だ。


「潤平くん?考え事?」


「いや、何も考えてないぞ?」


「その割には嬉しそうだったけど」


 手を頬にやると、筋肉が上がっているのが分かった。俺は過去を振り返って笑っていたのだ。……恥ずかしいな。


「昔を思い出してたんだ」


「ふぅん、あ、そういえばさ、学校の一件もう聞いた?」


 あ、あれ?どんな思い出?とか聞かないの?


「うふふっ。なんで聞いてこないの?って思ったでしょ」


「あ、あぁ」


「それは私も潤平くんも聞くと恥ずかしくなって自滅するからだよ?」


 からかうように笑ってくる美玖に俺は呆気にとられて苦笑するしかなかった。


「そっかそっか、自滅か」


「二人しかいないから別にしたければどーぞ」


「するかよ」


 するなら俺だけ生き残るやつを探すわっ!

 俺は固くそう決意し、美玖に少しだけ近づいた。何も言われないだが、それこそが認められているという証のような気がする。俺は小さく深呼吸をした。

 今日の一番の目的のために。


「なぁ美玖」


「ん?」


「壮一さんの俺宛の手紙があったんだけど、読んでくれないか?俺は美玖と決めたい」


「決める?何を?」


 それ以上は何も言わず俺は美玖は手紙を受け取り、中身を読み始めた。

 ここからは壮一のターンだな。

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