第98話 学校の話
美玖が再起部を出ていき、しばらくした後、俺は痛みに悶えていた。
「大丈夫ですか?休んでもよかったのに……」
新山さんが優しい言葉をかけてくれるが正直耳に入ってこなかった。
屋上での事件で気絶するまで殴られた俺は誰もいなくなってからゆっくりと立ち上がった。ずきずきと痛む腹と少量の血が垂れていて、唾を飲み込むと血の味がする。自分で受けようと思って受けたものだが痛いものはいたいし、つらいものはつらい。
リーダー達と会長が何やら話していたようだが、頭がふわふわとし、どうにも思い出せない。というか、立ってるのもしんどくなってきた。ふわふわと揺れる世界が見える。
気合で持ち直そうとしてもあっという間に酷くなっていく。あ、やばい、倒れる……と思った時、
「潤平!!」
明李の声がした。そこからは安心してしまったのか記憶があいまいで保健室のベッドで寝たのかそのまま再起部に向かったのか。ただ、明李に、
「美玖ちゃんが来てますよ」
と、言われたのだけは分かったので俺は先ほどまで、必死で痛みをこらえながら質問や応答をしてたのだ。
「松平くん、じっとしててくださいよ」
新山ささんが俺に何かを吹きかけてきた。それが消毒液だということはすぐに分かった。……染みる。
「美玖さんも気づいていたのにどうして一声かけなかったのでしょう。不思議なものです」
「……大丈夫、と言われたところで返答に困るだけだし、別にいいだろ」
「そうはいってもですね」
ぶつぶつ言いながらもガーゼをピンセットで持ち、消毒してくれる新山さん。……染みるけど、我慢。
実をいうと美玖はもちろん俺の状態に気づいていた。だが俺が必至で耐えているのを見て気遣う言葉をかけなかったのだ。その証拠と言えるかはわからないが、ここを出るときに、見えないように手を握られ、「ありがとう」と言われたのだ。
俺はそれだけで満足なのだ。
「痛い……染みる」
「我慢してください!当たり前なんですか」
本当のことを言うと怒られた。だから俺みたいな偏屈な奴が生まれるんだぞ。
「でも、ご苦労様でした」
「……まぁ、派閥の件なら終わったしな。会長も巻き込んだんだから俺が何もしなかったらあっちが勝手にやるだろうし」
「でも松平くんでもこのけがの量は想定外ですよね」
けがはするものだと俺が予想していたことを当ててくる。新山さんも随分と成長したようだ。
「……おかげで転生しそうだ」
「転生、ですか。剣になります?スライムです?」
「……濫読派ですか。まさか知っているとは」
「読書家を舐めないでください。本のすべてを愛するのが本当の読書家ですから」
メガネがこれ見よがしにくいっと上がる。いつもならむかつく場面だが、今日はなぜかほっこりしてしまう。
軽く笑ったらガーゼで唇の切れた部分にぐりぐりとあてられた。……痛いんだけど。
「それで?はぐらかされましたけど、想定外で会ってますか?」
「……あぁ、こんなにもらう気はなかったな。くそ痛い」
「私の部長もこれで終わりにできそうです」
俺は何をもってそういったのかがわからなかった。だが、優しい手つきを見て、何か見つけたものがあったのだろうと確信した。
「……理由を訊いてもいいか?」
「私は、完璧じゃないといけないのだとずっと思ってました。でもその思いがいつも上に立った時に先行して失敗に終わって……。私が部長になってから大原先生が松平くんだけを見て居ろってアドバイスをしてくださって……。でも最初は私の思っていた通りの完璧に成し遂げていたのでもう松平くんを見ることさえつらくなっていたのですが、最後に読み間違えてぼこぼこになっている松平くんを見て、完璧じゃなくてもいいんだって思えました」
うん。馬鹿にされているようにしか聞こえなかった。だが、大原先生も助け船を出していたようで驚いた。
はい、終わりです、と告げられ、新山さんは救急セットを元に戻した。
俺、今、新山さんに手当てをしてもらったんだよな。
恥ずかしいやら申し訳ないやら照れるやら……。俺は全身がかぁっと熱くなった。
「……人間に完璧を求めるなよ。絶対に不可能だ」
「でも、完璧超人なんているじゃないですか」
「……あれは他人を頼っているからこそ、そう言われるほどできているように見えるんだ」
大原先生との会話を思い出す。あの時は俺が頼ることを前提としていたが、まさか逆に頼らて、大原先生の言葉を借りて話すことになろうとは思わなかった。
「なら、松平くんは私を頼らないといけませんね」
そう言って取り出したのは一冊のファイル。
「……“生徒報告書”」
「そうです。確か松平くんの質問はこの書類の存在意義、でしたか」
新山さんは俺に“生徒報告書”を渡してきた。見ろと言われていると解釈し、ページを開いた。
そこは情報の山、いや、宝だった。学校へ記載するような個人情報など比べ物にならないぐらいの一人一人の性格や表現まで細かく書かれていた。
ただ、ここまで書かれていると亡くした時や、悪用された時が大変である。大原先生の“闇”といった意味も頷ける。
「そもそもは部長、いえ、壮一先輩が考案者です」
そして新山さんは語り始めた。俺が興味がない、矢意味がない、と言いつつも知りたくて知りたくてたまらなかった秘密。カギはあったのに今まで使わなかったのが悪い方向に出るのか、それともいい方向に出るのか。俺は楽しんでいるのだ。
「四月の私が入部をして間もないころ」
会長は再起部にある依頼をしたそうだ。内容は学校の把握。親友だった美玖の兄、壮一は二つ返事で了承したようだ。それから壮一は闇の書物“生徒報告書”の作成に取り掛かった。
学校と交渉し、名簿を手に入れ、知っている人物から書き込んでいったらしい。初めは当たり障りのないことだったが、それでは意味がない、と壮一と会長が口をそろえてやり直しをした。壮一は会長の思惑を薄々感じていたようで、表では会長側にいながらも一人になってはいつもな悩んでいた。
「そして完成したその日、先輩は亡くなりました」
「……会長がここでも出てくるのか」
「最近のこの件による接触は会長から亡くなりましたが、以前は寄越せともいえるような言動でほぼ毎日訪れていました」
“生徒報告書”は学校の闇。壮一は作りたくない、作るべきではないと思っていたが、相手は生徒会長を務める自分の親友。普通の人間では断れはしないだろう。
「……俺が来たから、か」
「おそらく。この存在は会長としてもあまり公にはしたくないはずですからね。何も知らせないようにするには手を引くしかなかったのではないでしょうか」
これがないから、会長は新たな手を考えた……?
俺は手元の闇を見て考えた。
情報を集めるにしても会長一人じゃ無理な話だ。だからこそ生徒会役員は会長の手で選び、井用以外の権力を握り、役員にも悟らせないように情報収集をしている?だから、美玖などの関係のある人はあまり束縛させず自由が効いて居るのだろうか。
会長の言葉で喜んでいた役員がふと思い出された。そして、もしやと思い、ページをめくる。
「……あった」
そこには記憶通りの顔と情報があった。
「……確かにこれは危ないものだ。権力者にわたると全員が自由をなくす」
それでも、使うものが使えばいい武器になる。
俺はパタンっ!と勢いよくファイルを閉じ、立ち上がった。
「どこに行くつもりですか?」
「……職員室のいつものところだ。これでまた俺の記録が更新されたな」
「ニューレコード、です」
「……うっせ」
新山さんは微笑んで見送ってくれた。
さてと、先生にも約束を果たしてもらわないとな。そして間に挟まっていた俺宛の手紙をどこで読もうかと少し悩み、家でいいか、とポケットに入れておいた。
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