第九章『予想できない道』

第97話 ありえない現実

 バンッ!!と机を叩かれる。どうやら怒っていらっしゃるようだ。わざわざ俺の隣に、部長を同席させているので今回は本気のようだ。さっきの机みたいにボクの心も叩かれたらきっと死んじゃうな……。

 俺だって言いたいことがあるのに、部長の存在が……。計算だったら怖い。


「最近全く連絡もくれないの」


「それはけしからん奴ですね。せっかくの美少女を放置プレイとはなかなか肝の据わった糞オブ糞の男ですね」


 部長がおかしいのには突っ込まない。きっと何かあったのだろう。だとしても糞オブ糞は少し言いすぎなんじゃないですかね。

 目前の美少女が俺のジト目でみてくる。そのジト目からは“いわれてるよ、糞オブ糞って”と語っている。うぅ……。


「……相手にも事情があったのかもしれません」


 しらじらしいが弁護する。出ないと俺の株が下がる。


「それは分かってるけど……。すれ違う時に他人みたいで、ちょっと寂しい」


「悲しませているその男はどこの誰ですか?!私がちょっと鉄拳制裁してきます」


 美玖は俺を見てベーっと舌を出した。

 なぜこうなったかと言えば、美玖が相談をしに来たからである。再起部としては受けないわけにはいかず、俺と新山さんのみがたまたまいたので担当することになった。


 余談だが、俺はいったん逃げようとしたのだが、部長が「一人でいいですか?」と訊いてしまい、あろうことか美玖は「多い方が助かります」と答え、この謎の圧の中、俺は耐えなければならなくなった。


「……美、瑞山さんも同じことをされていたのでは?」


「あるけど……!それはかっこいいから声かけづらくてつい」


「あぁ、なんて純粋な恋なのですか。瑞……いえ、美玖さんと呼ばせていただきます。美玖さん、今超乙女で超可愛いです」


 お前はいったい誰なんだ?!……あ、フラグ回収。


「ですがっ!どうしてその男は何のアクションも起こさないのでしょうか?!もういっそ別れて……」


「それは嫌なのっ!!」


 な、なにぃいいいいいいいっ?!心臓がドクンと脈打ち、カーッと頭に血が上る。

 俺がここにいることを忘れてる?大丈夫かな?まさか美玖が、そんなにはっきりというとは思わず、頬が熱くなる。


「どうしてですか?」


 そこで深く訊けるのは……なんと言うか美徳だね。


「それは……うぅ」


 さすがに俺がいることもあり、言葉に詰まったようだ。ただ俺としては避けられていたのは俺の方だと思っていたのでなんだかとても不思議な感覚だ。


「……さ、さすがにそれを聞いては不味いだろ」


「ごめんなさい。ちょっと言いづらいかな」


「むぅ、そうですか。さ、それがわかれば私も……できるかも」


「同下の静乃ちゃん」


「ひゃいっ?!ただの独り言です」


 隣の俺でさえも聞こえなかった。

 美玖はもじもじくねくねさせて時たまに俺の方をちらっと見る。変に意識されているような気がするな。


「こほん……美玖ちゃんはどうしたいのですか?」


「も、ももももっと仲良くなるためにはど、どうしたらいいでしゅか?!」


 噛んだ。なんだこれ、かあいい。


「私的にその方はやめておいた方がいい気がしますが、露骨にデートしに行けばいいのではないでしょうか」


「予定がじゅ、……じゃなくて、彼にもあるだろうし……」


 不安顔になってしまった美玖は見るからにしょぼんとしていた。


「……そ、その彼はいえば、予定を開けてくれるんじゃないですかね」


 ちなみに俺の予定はない。だから誘われたら二つ返事で了承するのだが、踏ん切りがつかないようだ。

 俺が誘えばいいのだろうが、先ほども言ったとおり、避けられていると思っていたので誘っても今はだめだろうなと一人で諦めていた。美玖がこんな風に思ってくれていたのかと思うと嬉しくなる。


「そっか。ありがとう、松平くん」


「デートの場所を選びましょうか」


 微笑まれた。天使の笑みだな、これは。

 部長は仕事マンなので早速デートのプランを作ろうとしていた。その彼は俺なので二人で決めるデートプランということのなる。新鮮だ。


「水族館なんかどうですか?ペンギンが歩いている」


「ごめんね、もう行ったんだ」


「でしたら遊園地はどうでしょう」


 それも莉櫻達とダブルデートで行ったな。新山さんは無言を否定と受け取り、次の候補を提示した。


「この時期ですからね。図書館で読書デートやもう家デートでもいいのではないですか?」


「……詳しいな」


「カップル調査、していますので」


「家……家……家?!」


 いや、別に家じゃなくて図書館でもいいと思うのだが……。


「た、確かに彼はまだ家に来たことない……」


 ……俺の家かと思っていた。

 美玖はほんのりと頬を赤く染め、ちらちらと顔色を窺ってくる。

 俺の断る理由はないのだが、それでも美玖の家、というのは少し勇気がいった。何しろ初めてなのだ。心が期待と不安でゆらゆら揺れる。

 でも、一番大きいのはやはり。


「……行きたい」


「え?」


「……と思ってるんじゃないですかね?」


 あ、あぶねぇぇええええええ!!つい彼氏として言ってしまった。幸いにも後付けの言葉で部長はごまかされてくれた。


「松平くん、男の子の意見として聞きたいんだけど、女の子の家に来るのって嬉しいもの?」


「……それは人それぞれですけど大体嬉しいものですね。例にもれず、瑞山さんの彼もうれしいと思うでしょう」


「そっか。いいこと聞いちゃった」


「再起部がお役に立てることであれば何でも言ってください」


 まるで、再起部の鏡だな。国語の記述で完全正答と全く同じ回答をするぐらいすごいことだ。


「なら、もう少しだけいいですか?」


「なんでもどうぞ」


「彼から、その……こ、恋人つなぎをしてもらうにはどうしたらいいのかな?」


 よくそんなことを再起部に、俺にも言えるよな。恥ずかしさがこみあげて流石に直視できなくなった。

 新山さんが何でも、と甘い慈悲で満たせているのも十二分考えられることだ。俺はどうしようもなくいたたまれない気持ちになった。

 話の内容から察すると、俺はこの場にいるべきではない。身が持たなくなるのは目に見えているし、何より美玖が俺を強く意識してしまうときが来るかもしれない。

 しかし、目前にいて恥ずかしそうにしながらも自分の気持ちを吐露する彼女を見ないという選択はできない。


「どうしたらって……。それはもう相手が頑張るしかないのでは?待つ方なら、雰囲気作り、ですかね」


「雰囲気って?」


「甘くてもどかしい二人の世界を作るのですっ!!そこでいけない男は男じゃなぁい!!」


「……大丈夫か?テンションが高すぎておかしくなってるぞ」


「男じゃない認定」


 やめなさい。こっちをかわいそうなものを見る目で見ない!


「つまり乙女ですね」


「そっかぁー。乙女なんだね」


「……知らん」


「松平くんがどうして反応するのですか?恋愛皆無な私たちには一生関係のないことです」


「へ~、松平くんは女気ないんだね」


「……あるよ。心内だけなら」


 美玖は嬉しそうに笑った。何がそんなに美玖を喜ばせたのかはわからなかったが、一つ言えることは、


「……そんな顔が一番いい」


 ということだけだった。少し遠回しだったが、美玖にはうまく伝わったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る