第96話 圧倒的強者
ドアを開け、屋上の状態を確認した。想定通り、こちら側の人間が三人であちら側は四人。ただ、想定外なのは潤平と莉櫻が血を出して倒れていることだ。
「あ、兄貴」
「ここで何をしている?ここは本来使うことができない場所だ。しかも殺傷はただでは済まないぞ?」
優は烈にとりわけ強く鋭い言葉を放った。烈はしばらく黙った後、小さく反論した。
「兄貴は俺の……知ってたのか?」
「あぁ、そして松平が付き合っているのも知っていた」
「なら、何故?!」
「俺が言ったところで諦めたか?逆だろう。今のように手を挙げているのが容易に想像できる」
「で、でも」
「さらに言えば美玖は松平を選んだ。この意味が分かるか?」
優の重みがある言葉に誰もが委縮してしまい、満足に話せない。これこそが潤平の残した最後の手だった。潤平ではあまりにも烈との相性が悪い。だから、有利に立て、今回は下についてくれていた優を使ったのだ。
優としては潤平に使われることで視野が広がったと感じていた。上から指図するよりもいい所で自ら出ていくというのも大事な戦略方なのだと。
「そもそもでいえば、派閥などヘタレ集団に過ぎない」
「なんだと?!もう一回言ってみろっ!」
永見亜卓をにらみつけ、とびかからんばかりに牙をむいた。優は冷ややかに見た後、視線を神鍋に固定した。
「何度でも言ってやる。ヘタレ集団だんだ。好きだと思うのならばぶつけてみればいい。お前たちの前にいるやつらは全員それをなしたからこそ今に至る」
潤平、莉櫻、一輝の三人に視線を向け、最後に四人を見る。
完全に優のペースに持ち込んいた。そもそもが不利な立場のリーダーたちは押し黙るしかない。唯一話せるの烈でさえも、話せるだけで会って弁論、反論できるものではなかった。
「それに加えて妬みが爆発して手を挙げたのか?烈、最近は少し見直していたのだが……愚弟が」
「それで、何を、する気ですか?」
曽川は遠慮がちに尋ねた。不登校の松下帆波の派閥リーダーである曽川はほかの三人に隠れるように陣取っている。
「話を戻す。ここまでやらかした分、今まで通りに戻れるとは流石のお前らも思ってはいまい。俺の突き出す条件は自主解体か、強制解体かのどちらかだ」
「結局、松平と同じなのかよ」
永見はつまらなさそうに言った。強者と弱者が同じことを言ってもやはり効果が雲泥の差だった。
「と、俺が松平につく前なら、そう言っていただろうな」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。少し秘密の話と行こうじゃないか」
そして優は潤平も知らない内密の話を始めた。
優は潤平のもとについた。もちろん、ずっとというわけではなくこの派閥の問題の件のみだが。だが、その件だけだとしても優には生徒会長としてのプライドや野心がある。迂闊な行動ができなかった今までだが、潤平が伸びてしまっている今ははっきり言ってしまえばやりたい放題だ。
「……どうだ?」
単純明快に話した優はリーダーたちの表情を見た。複雑な顔をしている曽川に乗る気な様子の永見。神鍋は目を閉じ、烈はじっと沈黙している。
「もう一度だけ聞く。そこで返事がなければ拒否されたと受け取ることにする。……どうだ?」
「沖田烈に一任する」
「俺も」
「同じく」
「……兄貴、乗った」
リーダーたちは優の案に乗ったようだ。優は平然とした顔を見せていたが内心は安堵を浮かべていた。
優が提示した条件は三つ。
一つ、派閥を解体すること
一つ、優の傘下に下ること
一つ、リーダー達は優の下について、働くが、代わりに派閥の保護を受ける
一見、派閥を解体するのと保護するので、矛盾が生じているように見えるがちゃんと細かくすると矛盾点は消える。
先生からの危険視を受けている派閥を残すことは不可能だ。だが、派閥を解体したと見せかけることにより、その眼は欺くことができる。今までのように大々的な活動はできないが、そこは優自身も不必要だと思っていたし、リーダー達も理解している。
結果、優はすべての派閥を掌握したことになる。“五本の指”が出てくればそちらの方へなびいてしまうだろうが、それがなければ強力な後ろ盾というのはとても心強い。
「そうか、それは喜ばしいことだが、この暴行問題はペナルティを負ってもらう」
「もみ消せねぇのかよ」
「して何の得がある?安心しろ、ペナルティは本来なら退学もあり得るが、一週間の出席停止処分で済む」
何か、仕掛けられない限り、と優は小さくつぶやいた。潤平の考え方、立ち回り方は優を持ってさえも理解不能だ。本人が目立ちたくない性格の持ち主なので、控訴してくることはおそらくない。
「泣き寝入りと諦めてくれればいいが」
「なんか言ったか?」
「いや、何でもない。こちらの問題だ」
「しっかりしておいてください。此方も身がかかっているので」
「わかっている。だが守られるのは対価を払っている間だけだということを知っておけよ?」
そう。沖田優に慈悲というものは存在しない。合理的主義なかれだからこそ、学校の生徒会長として君臨でき、圧倒的なまでのカリスマ性を持っている。四人を引き入れる決断をしたのはそれだけ利用価値があったからに過ぎない。
潤平はまだその点に関して非情になり切れていない。なら機械的な方がいいかと言われるとそれは少し違う。
人には理論では表せない感情というものが存在する。感情はその人を見た瞬間に始まり、深くつながりを持つうちに最初に抱いたものから変化していく。
例えば、見た目がやくざの人と何かの縁で友達になるとしよう。最初は見た目からの印象でほとんどの人が、“怖い”“強そう”といった感情を抱くだろう。
しかし、話していくにつれて、内面的なことを知ると「怖くないし、しかも楽しい!」「内面、乙女じゃん」などがありうる。
もちろん、優も人間的感情はある。情けがないだけなのだ。下の者には効率よく物事を進めるためにそのものの事情を問わず、命令を飛ばす。できなければ様々な手を使ってできるようにもっていかせる。
「あぁ。わかってるさ。しばらくは学校にも来なくていいんだ、せいぜいのんびりさせてもらうぜ」
「兄貴」
「どうした?家で話せるなら家の方がいいんだが」
「ここの方がいい。もし壮一さんが再起部部長のままだったら、俺たち派閥はどうなっていたかな?」
壮一、のワードにピクリと反応する優は一笑した後、肩をくすめた。
「分からん。あいつは天にひとしいほど、甘い人間だったからな。俺とは違う方法でお前らを助けたかもしれないし、先生の方へ抗議に行っていたかもな」
お人好しめ、と親友を懐かしむ優。
「壮一さんと松平は似てると思う」
「美玖がどちらにも惹かれていたから?」
頷く。烈はかつての壮一と潤平を重ねてみているようだ。境遇が同じだからというのもあるだろうが、やはり美玖が関係しているのが大きいだろう。
「根本は確かに似ている気がしなくもない。だからこそ確信できる。壮一と松平は別物だ」
妙に力のこもった言い方に引っ掛かりを覚えた烈だが、気のせいだと割り切り、それ以上は話さなかった。
壮一と松平は別。この意味は優にとって重要な区別になっていた。
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