第82話 体育フェスティバル8

 如月が早く話せとにらんでくる。


「……莉櫻の言ったとおり、こいつはお前の味方なんかじゃ無くこっち側だ」


 莉櫻を追い詰めていたのも全て演技だ。俺と莉櫻が討論しているところを如月に目撃されなければならなかったのだ。演技に自信は無かったが、ちぐはぐの動機や行動を強引に結び付けることでどうにか真実化のようにすることが出来た。


 そもそもの大前提に真鐘が居る此方陣営から莉櫻が抜けだすはずがない。更に言えば、俺にどこか全幅の信頼を寄せている節まである。すべては如月を追い詰めるためだ。


「いつから?」


「……さぁ?少なくともお前が接する以前だという事は確かだな」


 他人事のように返す。今はまだ正面からぶつかる訳にはいかない。時間を稼ぐ必要があった。その人物一人が現れたことで戦況がひっくり返るか、と問われればそんなことは無いのだが、圧倒的大差で終わらせてしまいたかった。


「ネタばらしの時間なんでしょ?!もったいぶらないで全部教えてよ」


 激高する如月。だが、平然と無視をする。陰キャにとって他人からの評価などどうでもいい。時間を稼ぐという目的のために、マナー違反である無視をするのは当たり前だった。


「……しっかりと理解させてやるよ。莉櫻の経緯は分かったか?」


「気にくわないですけど。松平さんの方が一歩速かったという事ですね」


 どうにか感情を抑え込み、仮面をつけたようだ。


 良い判断だ。感情が高ぶったまま、話を聞かされても理屈より先に感情が爆発してしまうだけだ。俺は心ひそかにほめるとさらに続けた。


「……風紀委員の事だが、実はお前が行動をおかしそうな場所に配置しておいたんだが、気付いていたか?」


「……」


「……この時点でお前の取れる行動はほとんど俺に筒抜けだったわけだ。莉櫻を通して情報は入ってくるからな」


 V、とピースサインを作る莉櫻はどこか誇らしげだった。全く……。最後は俺に丸投げなのをやめてほしい。まぁ原案は俺だけど。


「そうですか。でも私が誰と話すかは予想できないでしょう?」


「……そうだな。あの瞬間だけはひやりとした」


 会長に接触を試みた時は本当に焦った。会長がバックにつくだけであらゆるものがひっくり返ることは明白だった。

 如月はそこだけは俺を出し抜けていたんっだとわかると人の悪い笑みを浮かべた。最終的には抑えて、中立で終わらせたのだが、それを忘れているかのようだった。


「私は体育祭前から会長には結構あっていたんですけど……。どうしてですかね?松平さんは上手くいったのに私は全然うまくいきませんでした」


 妙に素直になったな……。そのことが逆に気になった。

 その時、和太鼓の大きな音が鳴り、数十人の雄叫びが聞こえてきた。やっと来たか。俺は内心でほっとしながらも如月に向ける表情は一段と厳しいものにした。


「騎馬戦が始まったね」


「……莉櫻、そんなこと言わなくてもこいつならわかるぞ?」


「なんのことで……あっ」


 訊き返す前に頭の整理が追いついたようだ。騎馬戦には如月の勧誘を受けた烈が出場している。だから彼は今、こちらの冷戦には参加できない。そもそも、彼に真実を話すとその瞬間に大噴火を起こしそうなため、如月も言葉を濁したようだが。


「彼は騎馬戦出場者……。まさかこれを狙って?」


「……御名答。沖田烈は危険分子だ。こいつにはお前が関わったのみで終わりにしてもらう。ほら、今は騎馬戦で大活躍中だぞ?」


 真面目になったとしてもあまり力に変化は無かったようで、次々と相手騎馬のハチマキをぶんどっていた。そのいちばん近い応援には美玖が居た。……えっ?俺は莉櫻の横腹を刺した。


「いてっ!」


「……余計なことしやがって」


「だって美玖ちゃんが居ないと本気を出さないかもしれないじゃないか。ここだけ緩かったから締めただけだよ」


 正論だ。正論だが……気持ちが許さなかったんです。烈を応援なんてしない方が……んんっ!!しなくてよかったのに。俺の作戦をもとに動いてくれる莉櫻はよく働くいい駒だった。


「最初に説得したはずの鶴田さんは元々そちらの人間で、会長もバックについてくれず、おまけに体育祭中は風紀委員が見回りの形をとって常に私を見張っていた。会長の弟を何とか言いくるめたと思ったら完全に固められて、弟さんは使い物にならない。……はぁ。何て呆気ないんでしょうね、私」


 敗北した経緯を確かめ、深々と溜息をついた如月は競技中のグラウンドを見つめた。そこでは沖田が嬉しそうにハチマキを掲げて青春をしていた。青春の1ページとやらを無事におさめたようで何よりだ。こちらは念じるばかりなのに……。


「……結果だけを見ればそうかもしれないが、俺は基本的に何もしていない」


「潤平が嫌味を言ってる。自爆したんだ、とかいうつもりでは?」


 ……何故バレた。


「なら最後に私自身が詰め寄ったところで松平さんはもう手を用意しているんですね?」


「……まぁ、それなりに」


 そんなものあるはずがない。だが嘘も方便だ。圧倒的強者を演じきって最後のフィナーレに持っていかなければならない。如月は頭をがっくりと落し、もう一度上げた。


 その時、俺はおっと思った。


 彼女の感じが全く変わったのだ。暗く復讐に燃える以前の様子は消えうせ、目はぱっちりと丸く、少し幼げのある顔立ちになった。十分な美少女だった。

 脳の錯覚とは怖いものでこんな美少女があの黒いオーラを纏う人間と同一人物とは……。


「完敗です。私が聞き逃していることもあるかもしれませんが、訊いたところで意味ないですからもういいです。……すみませんでした」


 深々と謝罪をした。美少女に頭を下げられる、という光景に謎の背徳感を覚え、慌てて顔を上げさせた。そうすると素直にあげてくれたので、如月最後の抵抗?!と思ったが本人は素のようなので、ほっと胸を撫で下ろした。


「私はこれから一人で暫く過ごすつもりです。皆には迷惑をかけてしまったので」


「……あぁ。そうしてくれ。……と言いたいところだが、如月さんにはまだ用が残っている。あと迷惑だなんて誰も思っていない」


 如月さん……と固くなってしまった。


 俺と如月の間での勝負だったはずなので、誰が何といったって関係者は俺と如月の2人。俺が迷惑ではないと思えば迷惑など誰も思っていないのだ。迷惑だと思っているのであればあの時に大原先生に言っていた。


 更に会長がこちらに持ってくるなと言った為、水面下の勝負になった。そのためここに居る3人を除く全員が今日のこのことを知らず、普通の楽しい体育祭で終わる。もし、会長が大々的に行っていたとすればもっと大がかりな仕掛けが必要だったかもしれない。


「潤平は言い方がきつい!要約すると『楽しかったから別にいい』ってこと」


「本当ですか?」


 こら。眼を潤ませていうんじゃない!!男という性別の人間はたとえ彼女が居たとしてもそういう事をされるとうっと来るものがあるんだから!!


「……泣くなって言っただろ。面倒くさくなるから」


「な、泣いてないし!!」


「大丈夫?何か目が輝いているけど」


「鶴田さん最低!大嫌いっ!」


 そもそも好かれてすらいなかったと記憶しているのだが……。莉櫻はただ鈍感なだけでいつも弄られて(罵声ともいう)いる。ラノベ主人公となら堂々と胸を張れるはずなのに……可哀相な奴だ。


「……ドンマイ」


「どうして俺はいつもこんな扱いなのかな?!」


 それは……キャラだからです。


「それで、用って何?」


「……今に分かる」


 彼もそういえば騎馬戦に出場していたはずだ。彼には騎馬戦で成績が良ければテントに来てくれと言ってある。そしてたまたま烈と同じグループだったので快勝しているはずだが……。


 協議が終わってぞろぞろとテントに戻る人が多く、居心地が悪くなってきた。一団体が押し寄せ更に乱れだす。何とか捌き、如月の姿を探すと何処にもなかった。


 俺は不敵な笑みを浮かべた。

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