第81話 体育フェスティバル7

「……体育祭が始まる前、お前は如月に話しかけられたな?そしてそこで相談でもされたはずだ。“私、松平さんを止めたくて。実は……”みたいな感じだろ。違うか?」


「……」


 無言を肯定、という事だろうと解釈してさらに続けた。


「……そしてさらにお前はある情報をちらつかされ、それに乗ることにした。その情報を得るメリットと協力するデメリットの差が明らかだったからだ。だが、お前は風紀委員だ。体育祭の当日になって自由巡回が、担当制に変わるというアクシデントが起こった」


 俺もこの状態を予測して、という訳ではなかった。だが、効率と如月防衛のためには最善だと思っていたからだったので、今回のこの状況は上手くいったといえなくもなかった。


「ある情報、ね」


 そこに引っかかりを覚えたようだ。一応、保険としてあの情報と呼んでいるが、それが指し示す物は“生徒報告書”だ。莉櫻がそれを手に入れて何をしようとするつもりなのかは知らないし、知りたくもないが、あまり喜ばしいことではないのは確かだった。


「……そこで前々から真鐘と約束していたことを利用することにした。俺を待ち合わせ場所にするのは前に決めていた。だが、それから先、お前は一人で回る、ことを選んだ。自分の欲のために」


「違う!!」


 莉櫻は叫んだ。彼の中身がようやくお出ましのようだいつもの優しい彼ではない。歪んだ表情は何かに対して睨みつけ、食い殺さんとしているようだった。


「……何が違うんだ?事実、お前は今独りで俺と話してる。それは俺を止めるために、いや、自分の欲のためじゃないのか?」


 少しやりすぎた感じがしたが仕方がない。ここまで上手くいきすぎるとどうしても熱が入ってしまう。莉櫻もそう感じているのではないだろうか。


 ただ、疑問は残る。ここに気付けたのは莉櫻がヒントをくれたから、そして時間をくれたからだ。もしそれがなければ、今頃俺は学校の一生徒として死んでいただろう。莉櫻のちぐはぐな行動、言動、内容に、少し引っかかった。


「違うよ潤平。全然違う。……俺が真鐘麗律を見捨てる行動をすると君は本当にそう思っているのかい?確かに俺は潤平の言ったとおり、体育祭が始まる前に、如月さんと話した。けどそれは情報を得るためじゃない。逆だよ潤平。情報を後悔させないように協力するしかなかったんだ」


「……お前、まさか」


 莉櫻は悲しそうに眼を閉じた。


「そうだよ。俺と麗律の事を握られた」


 如月明李。恐ろしい女だと改めて思い知らされた。美玖や真鐘に一歳気付かせること無く、じわじわと俺を追い詰めてくる。そこに一歳の慈悲は無い。


「如月さんは俺を使って潤平の行動を抑制して悠々と追いつめるはずだったに違いない。でも俺は今、ここで裏切った。潤平を止める物は何もない。だから――――」


「……落ち着け」


 早口で捲し上げる莉櫻を宥める。俺の推理は当たっているようで当たっていないようだ。先程までの莉櫻が演技であるものとしてやはり疑問は残る。


 俺は芯の入った鋭い眼で莉櫻を見た。


「……お前は俺が狙われている理由を知っているのか?」


「北山君が告白するのを邪魔してるって聞いてたけど」


「……逆だ。俺は一輝が告白するのを助けるっていう相談をした。だが、それを如月が気に入らなかった。こっちが真実だ」


 莉櫻は自分が嘘を教えられ、動かされていたことに気付いたようだ。


 パンパンッ!とピストルの音が鳴った。どうやら競技が終わったらしい。その時、西側からだった風の向きが東側からへと変わった。


「俺は騙されていたのか?」


「……これはもう俺だけの戦いじゃないぞ如月。俺達の戦いだ」


「潤平?」


「……望み通り今から逆に追い詰めてやる。莉櫻、今がチャンスだ。裏切りを知られていない今なら疑わることなく――」


「私はそんな失態を犯す人じゃないですよ?」


 突然背後からかぶさるようにして声が発せられた。声の主は、如月明李。


「ど、どうして……」


「一番警戒していたのはあなたですもの。鶴田さん」


「……予想済み、か」


「そうですよ、残念でした。頼みの鶴田さんは私がここに居ることでただの人間よりも扱いにくい存在です」


 相手を崩そうと考えるとき、どの方法が一番効果的かと問われれば、“親友を裏切らせる”というのが模範解答だ。相手もまさかこいつがとなり、心を許しているため、仕掛ける側の任意でいつでも好きなタイミングで決行の時間を決められる。


 だが、それにはもちろん危険が付きまとう。相手が心を許している存在は同じように己も心を許している。1日2日でできた利害関係よりも固い、強い、眼では見ることのできない何かがある。今回はこちらが勝った。だが如月は対策もしていた。


 裏切るなら最初から信用しなければいい。彼女は莉櫻を引き入れた時に直感で感じたのだろう。だから、あくまで駒として使うものの、真相は裏切るタイミングを見ていたという事だ。


 背中に戦慄が走る。


「……すべて、お前の掌という事か」


「やっと分かってくれましたか……。鶴田さん。私、あなたとの約束で言いましたよね」


「や、やめろ」


「“話したらバラす”って。しかも松平さんには特にって釘まで刺しておいたのに」


 約束、というより、脅しの内容は案の定、ばらすことだった。莉櫻は如月に救いの手を求める。


「止めてください。……お願いします」


「それは出来ない相談です。いくら私が織り込み済みとして話を進めていたとしてもそれは虫が良すぎです」


 その通りだ。如月の正論に莉櫻は黙り込んだ。突きつけた条件が最悪とはいえ、一度結んだ以上は守らなければならない。そうだ。莉櫻じゃない。お前だ、如月。


「……お前も守ったらどうだ?莉櫻をこんなにいじめてくれて。それ相応の覚悟があってのものなんだろ?」


 如月は何のことかわかっていないようで、複雑な顔をしていた。約束を守る。ただそれだけの事なのに、どうしてそんな顔をする必要があるのだろう。


「なんの事ですか?」


「……お前は俺を潰すといった。言い換えれば“俺以外の人間は潰さない”という事でもあるよな。それは約束うじゃなかったのか?」


「そんなの解釈の違いです」


「……かもしれない。だがお前が話しているのは誰だ?機械か?すべて違う。俺は人間であり、俺は俺だ。人人とが話すんだ。解釈の違いなんてあって当然だ」


 如月は初めて動揺を見せた。きょろきょろと眼のみを忙しく動かし、何かないかと探していた。如月はこの件を認めると大幅に不利になる。だから認めたくない。だがここは俺にとっても譲れないところ。ぜったにこちら側に引き落とす。


「私は何でも使うって言った!だから問題なんかない!」


「……あぁ、確かに言ってたな。そんなこと」


 無意味なこと過ぎて忘れていた。俺は莉櫻に目配せした。軽く頷き合う。これは莉櫻と体育祭が始まる前に決めていたサインだった。突然の事に如月は面食らったようで一言も発しない。


「もうそろそろいいよね」


「……すべてネタばらしの時間だ」


「ど、どういう意味?!っていうか私の主張を認めるってことで良いの?!」


 口調がギャル。きっとこちらが素なのだろう。莉櫻はこれからのことなど興味がないようで、思い切りの美をしてリラックスしていた。まぁ……ある意味苦労を掛けたといえるので肩をたたき、感謝を伝える。


「……何でも使うってことは逆に使われる可能性がある、という事を忘れていないよな?」


「嘘」


「俺は最初から如月さんに使われていないし、潤平や麗律を裏切ってない」


「……言っただろ?ネタばらしの時間だと。あ、言っとくが泣くなよ。面倒くさいから」


「な、泣くわけないでしょ?!」


 そういうのが精一杯のようだった。顔を蒼くした如月に俺は反撃の手を繰り出した。

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