第80話 体育フェスティバル6

 前途多難な今回の恋愛相談に俺はクラステントに戻ってから一つ、大きなため息をついた。如月は一輝が告白の相談を俺にしたために俺を潰そうとして来ている。俺が隠しておきたい、美玖との恋愛を切り札として。


 一方で一輝は何かをきっかけとして如月に告白するつもりだったが、先程俺がそのチャンスを潰した。その腹いせで一輝は俺を潰そうとして来ている。だが、そうはいっても如月との間に“一輝から告白させないようにする”という条約がある以上、大きく迂回しなければならないのだ。


「奴隷部長?せっかくいい走りをしたのにどうしてため息なんかついているんだ?」


 声を掛けて来たのは沖田烈だった。


「……疲れた」


「ま、いつもやってないなら疲れるだろうな。けど案外足速いんだな。驚いたぞ」


「……驚いたのはこっちの方だ。俺が出るまで話しかけにすら来なかったのに」


 すると沖田は急に頭が痒くなったのか、右手で勢いよくかきむしった。


「あ~なんかよ。この後の騎馬戦で美玖に良いところみせられねぇかなって思ってよ。何か出してくれよ」


 驚いた。まだ諦めていなかったのか。こいつは先程まで如月と何やら話していたはずだが、そこで何も訊かなかったのだろうか。下手に墓穴を掘ることは避けたかったので深く追求するのは止めて、軽く返す。


「……ハチマキをたくさん獲れば注目されるんじゃないか?」


「そうか。シンプルだが分かり易いな」


 シンプルが分かり易くなかったらそれはもう病気か世界が狂ったかのどちらかだろう。沖田は嬉しそうにどこかへ行った。


「……一番の危険分子だ」


 ともあれ、あの状態ならば何も聞いていないという方が可能性は高いだろう。不安材料である彼だが、対処のしようがなかった。


「お疲れ様、潤平」


「……莉櫻、見てたのか?」


 後ろから呼び止められた。莉櫻は疲れたと文句を言いながら俺の隣に座った。俺も同じようにして座る。

 やはり、沖田と話す時よりも気分が楽だ。


「速かったね。麗律とは潤平と会って少しした後別行動になったから見てたんだ」


「……風紀委員も大変だな」


「まぁね。でも一番大変なのは生徒会の人だよ。あそこは競技免除がないから生徒会としても仕事と、協議に両方でないといけないんだ」


 入るといわなくて本当に良かった。ただ美玖は俺が入ろうと入らまいと生徒会役員なので今頃大変なのだろう。

 莉櫻は俺が美玖の事を考えていると分かったのかニヤついた笑みを向けてきた。


「……なんだよ。その笑みは」


「いや、どんなことがあっても好きでいるんだなって思って」


 花火大会でもそうだったが俺と美玖の関係というか距離は未だに固定していない。ふわふわと空中に浮かぶ風船、いや水中を漂うクラゲのようだ。だから話していない。話せてない。


「……そう簡単には変われないんだよ」


「じゃぁそれだけ大きいってことだ」


 何が、の部分を莉櫻は明言しなかった。だが、そこに気付かない俺ではない。俺は借り物競争をしている生徒を見ながら、普段と同じように返した。


「……当たり前だ。……莉櫻は違うのか?」


「俺?……俺もって言いたいけど恥ずかしいから潤平みたいには無理だよ」


「……こっちには時間のアドバンテージがあるからな」


「時間の長さよりも中身だよ」


 両者、譲ることなく平行線。だが、勿論2人ともこれがノリであることは分かっている。あくまでも“からかい”の延長であるため、多少語気が強くてもさらっと受け流す。


「……なぁ莉櫻」


「うん?」


「……助けてくれないか?」


「いいよ。何をするの?」


 延長として捉えているのだろうか。俺はあっさりと承諾されたことに驚きを覚えつつも内容を話す。一輝のとかけっこで一輝まで敵に回してしまったのだ。仕方がないとはいえ、自ら敵を増やすのは自殺に等しい行為だ。そしてこれ以上増やさないために大将、如月を打ち取ってしまおう。


「……如月が俺を潰そうとあちこち動き回っている。沖田がさっき、口説かれていたことから本気だろう。あいつは俺を関わりのある人、全員を口説いて回る気だ」


「俺はそれを止めればいいの?」


「……いや、莉櫻自身にあいつが来る可能性があるからそれは避けたい。だから莉櫻には前の事を守りつつもあいつから微妙な位置で見守っていてほしい。そうすれば、あいつは露骨な動きができなくなる」


「分かったけど……どうしてそんな面倒なことをするの?」


「……それは――――」


「自分のプライドのため?美玖ちゃんのため?違うよね。ただ如月さんが潰してくるから潰し返そうとしているだけだよね」


 俺には莉櫻の言いたいことが分からなかった。

 潰されるなら大人しく潰されろ、と。そういっているのだろうか。それが、俺以外の人間が考えだす結論なのだろうか。だとすれば俺はそれを否定する。叩かれる前に叩くし、潰される前に潰す。迫り靴のに対抗できるのは己の力だけ。力の使い方で勝負を決める。


「……何が悪い?」


 俺は莉櫻を睨んだ。先程、助けてくれるといったばかりなのに。お前は俺の今の境遇を何も知らないくせに……。


「悪い、とは俺には言い切れないよ。善悪の価値観なんて人それぞれだからね。俺が言いたいのは本当にそれでいいのかい?ってこと」


 莉櫻はさっと立ち上がった。ぱんぱんと手で砂を払い、俺の方を向いた。メガネのレンズが反射して眼球を捉えることが出来ない。


 ちくりと胸が針で刺されたように痛んだ。力には力で対抗するした方法は無いのか?もっと他にもあるんじゃないか?と言葉が俺を襲ってくる。騒音や莉櫻が消える。俺の身体も消える。あるのはただ俺の精神のみ。


 如月は言った。“俺を潰す”と。さらにこうも言った。“一輝がどんなに頑張っても告白はされない”と。


 大原先生は言った。“いつも通りやれ”と。そして“この学校の闇、『生徒報告書』が再起部に保管されていること”。


 会長は言った。“美玖を守れ”と。


 そして俺が先読みで万が一として配置しておいた

 一つ一つだったピースが無造作に動き出し、互いに重なり合っていく。ピースが1つ、2つと減っていき、大きなピース一つとなっていく。ここに当てはまる事象はなんだ。ここに入るのはどれだ?とピース自身が相談しているようにするするとハイペースで組み立てられていく。


 ……だが。


 残りのピースが一つ、足りない。何かが抜けている。俺は今まで作ってきたピースを分解しようかと悩んだが、そうするよりもピースをもう一つ見つけることが先決だと判断する。


(最後のピースは俺か?いや、違う!!)


 現実に戻った俺は立ち上がり、莉櫻の顔を見て笑った。


「……できた。あと一つだ」


「なら、あと一つを教えてくれたら俺が手伝えるけど」


「……いや、大丈夫。最後の一つは俺じゃないと手に入らないからな」


「そっか。それもそうだね。なら俺は――――」


「莉櫻」


 俺は言葉を遮った。何もない世界沈んでいた俺にだからこそわかる。というよりもなぜ、今の今まで気づかなかったのだろう。莉櫻は無条件に信用できる味方ではなかったことに。


「……もうあいつと、如月と接触したな?」


「どうしてそう思うんだい?」


 莉櫻は不思議そうに首を傾ける。まるで何も知らない、とでもいうように。だが、それではおかしいのだ。


「……風紀委員長の指示はどうした?何故、風紀委員がそのルールを乱している??」


「反抗することやサボることもあるって言ったろ?」


「……真鐘のために、じゃなかったのか?莉櫻」


 莉櫻は今、俺と如月の間、完全な中立状態にいる。真鐘がこちら側に居る以上、向こう側につくことは無いだろうが、味方が減るのはきつい。


 莉櫻は顔を歪ませた。

 来た。ここからが本番だ。


「どうやら認めるしかないようだね。さぁ、潤平、君の推理を聞かせてもらおうか」

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