第79話 体育フェスティバル5
「……一輝」
「元気にしてるかい?っていうのも変ですよね。今日は敵なんですから」
どうして隣が一輝なのだろうか。他にも人が居たはずだろうに……。俺は心の中で叫ぶ途端的に一輝へ言葉を投げ返す。
「……自信ありってところか?」
「まぁ、少しだけ」
「……一位になれたら告白でもするのか?」
冷かしにも似た俺の時に一輝ははにかんだ笑みを浮かべて右手で頬を掻いた。
「きっかけにしたいとは思ってる」
子供か。小学生かっ!!かけっこで一意になったところで何にもならないのに、どうしてきっかけの一つとして考えられることが出来るのだろう。俺は止めた方がいいぞと忠告しようかと思ったがやめておいた。
「だから全力で行く」
一輝がいまだに大原先生のスパイである可能性は0ではない以上、あまり干渉するのはよろしくない。適度な距離感を持って慎重に進めなくては。
俺達は門からトラックの中へと入場した。砂埃が立ち、周りの人たちの顔が引き締まったものに変わる。
きょろきょろと見渡すと結構な人を見つけることが出来た。未だに二人で見まわっている風紀委員カップルや一人生徒会テントに居座る生徒会長。再起部テントに部長と吉田さんとなぜか美玖が居た。口の動きから見て、何やら楽しそうに会話をしているようだ。
そして俺は自分の愚かさを呪った。
「あそこで話している男は誰だろう。身体がしっかりしているあの人」
「……沖田烈だな。会長の弟だ」
「か、会長の弟?!何でそんな人が明李に……」
「……やっぱり如月だったんだな」
一輝の隙を突き、優位に立った。如月とは結構話すこともあったので一輝となのだろう、とは思っていたが今ので確信に変わった。
ともあれ問題は如月が沖田に接触をしているという事だ。沖田はあの一件以降、眼が飛び出るほどのまじめさを出していた。沖田が諦めているとは考えにくい。おそらくは逆だ。俺が以前に“今を改めること”を助言したから彼なりに実践しているのだろう。
そんな2人が接触すれば困るのは誰か。
「もしかして狙って……?いや、まさかな」
一輝は座らされたトラックの内で悶々と考え始めた。顎に手を当て、ぶつぶつと呟く姿はなかなかどうして様になっていた。
「……そこまで深く考えない方がいいぞ」
軽く助言をしておく。だが、俺も経験があるからこそこうして冷静でいられるが、本人の胸中は渦が巻き、もみくちゃにされているに違いなかった。
相手を想うが故の反応だ。
もっと勇気があれば、もっと力があれば、と手元にない幻想を望む。
「俺じゃ力不足ってことなのかな」
俺は否定も肯定をしなかった。俺が結論付けて言うべきではない。そう判断したからだった。
その時、如月がこちらを向いた気がした。俺と一輝も同じタイミングで如月を見た。
俺……いや、一輝か?
如月はこちらへ向けて優しく微笑んだ。ちょうどその時、俺達の番が来た。スタートラインに立った一輝は先程とは人が変わったかのように元気だった。
「よし、頑張ろ!」
「……単純か。まぁどうでもいいけどな」
「そうかな?好きな人に笑顔を向けられて頑張ろうとするのは普通だし、当たり前だと思うけど」
好きな人、のワードに辺りを見回して探してしまった俺が居た。美玖はもう見えなくなっていた。どうしようもない気持ちを抑えつけ、200メートルに集中する。
「……かもな」
ピストル音が鳴った。途端に駆けだす。俺は一輝と横並びで最初のコーナーを曲がった。他の人は振り払っていた。
互いに躱す言葉は無いが、その意思はそんなちっぽけな言葉よりも明白で確かだった。一輝は如月のために、俺は俺という存在と再起部と美玖のために走る。
思わぬ接戦にギャラリーが湧いている。だが、騒音としか聞こえない。既に俺の状態は集中の先にあった。
風の音、土の音。一輝の音に俺の音。
ゆっくりと一輝からリードをとっていく。勝たなければならない。一輝が勝てば俺達は被害を受けてしまう。俺が勝てば主導権はこっちに――――――
「頑張ってっ!!」
経っとテントを見ると美玖が口に手を当て、大声で応援をしてくれていた。どうして?という疑問とんぁんだという安心感が同時に襲ってくる。
だが、勝ったのは安心感だった。美玖はただ純粋に俺が勝てるように応援している。俺は抱え過ぎたまま走っていたようだ。
「……一輝」
俺は後ろの一輝に声を掛けた。意外にも反応はすぐに返ってきた。
「何?」
「……気が変わった。飛ばすぞ」
「えっ?」
一輝の声はもう聞こえていなかった。前傾姿勢になり、足の回転を速くする。美玖とは眼しか合わせることが出来なかったが充分だ。それだけでやる気のなかった俺の身体は唸り声を上げて復活する。
一輝もさらにスピードを上げ、ラストスパートを狙う。トラックの2回目のカーブを曲がり終え、後は直線のみ。一輝の頑張る気持ち。今となっては痛いほどわかる。そしてだからこそ俺は引けないのだ。
さらに。不要な『ために』を捨てた俺はスタートよりも速い。後ろから、一輝の舌打ちする音が聞こえた。
「……終わりだ」
ゴールテープを切った。
俺は元陽キャラ型の陰キャラなのだ。運動は人並みにできる。一輝は俺を明らかに敵としてみた。
「どういうつもりなんだ?依頼は?仕事は?逆に邪魔をするなんて何を考えているのかさっぱりだ……。お前達、潰されたいのか?」
「……俺はお前の召使いじゃないし、お前以外の依頼もある。総合的に見て、俺がここで勝たないといけない場所だったんだ」
「奴隷部め」
久しぶりに訊いたな。俺は特に何も感じなかった。ただ北山一輝という存在が段々と分かってきたような感じがした。
「潰してやる」
「……お似合いだな」
2人揃って“俺を潰す”と宣言され、何よりも先にお似合いな2人だと思ってしまった。
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