第78話 体育フェスティバル4
生徒会テントでは案の定、俺が予測した悪い方のことが起こっていた。会長と如月が話し込んでいたのだ。俺に気付いた2人は俺を一瞥した後、再び話し始めた。俺のことなどどうでもいいと態度で表している。
ざっと辺りを見回すと、会長のほかには誰も生徒会役員が居らず、二人だけだったようだ。
「……手口が汚いぞ。この可能性は低いと予想していたんだがな」
「何言っているんですか?私は普通に会長と話していただけですが」
白を切る如月。会長は何も言わず、沈黙を保っている。俺に遅れて2人も到着した。というか追いかけてきていたという事に今初めて気がついた。
「おやおや、みなさん急いでどうしたんですか?」
「……道化め」
「潤平を追ってきたんだ」
俺は一言吐き出した後、沈黙を貫いていたが莉櫻が代わりに答えた。律儀な奴である。
黙っていると会長と眼が交差した。刹那の時間。だが共有した情報は多かった。
「へーっ!皆さん仲がいいんですね」
「まぁね。ところで如月さんは何を?」
「私ですか?う~んそうだな……。会長と話をしていただけです。中身は……部活についてです」
「その間が何か気になる」
「そんなに意味は無いですよ。真鐘さん。松平さんじゃないんですから」
思わずどきっとしてしまった。勿論、俺の間の取り方について知っていたからだ。如月は鋭い視線を俺へ向けると気持ちの悪いぐらいの笑みを見せた。
「……どうして俺を出す」
「まぁまぁ。潤平と話したことのある人は絶対思ったころのあることだから」
「確かに」
会長はふっと小ばかにしたような笑みを一つしてからその口を開いた。
「俺は動かない。如月、残念だがお前の案を飲むことは出来ない。他を当たれ」
如月が唇をきゅっと結んだのが見えた。莉櫻と真鐘には分からないような言い回しで俺と如月だけに伝わるように言った会長の技術は純粋にすごいと思った。
如月は恐らく、何かをネタに会長を揺すろうとしたのではないだろうか。だが相手は会長であり、まんまと引っかかるような人間ではない。逆に利用され上手く言いくるめられたことだろう。会長の堂々とした言い切りはそういう事なのだろう。
「わかりました。ご迷惑をおかけしました」
如月は何も言わず、走り去った。このまま俺との勝負も走り去ってくれたらいいのに……と少しだけ考えてしまった。
「使えない人間は手元に置いておく必要は無い」
会長の小さな独り言だった。その言い方が正しければ俺は使える人間なのだろうか。生徒会への入会勧誘の時や、実行委員で荒れた時でさえ……。俺は使える人間だったのだろうか。
「……立派なことだな。独裁者」
「お前だけだ。俺の事を否定する奴は」
お互いが、間合いを測るかのように隙を窺う。
「ケンカは取締りの対象だよ?潤平」
「この時は生徒会よりも風紀委員が優先ですよ?会長」
それを止めたのは風紀委員の2人だった。いつの間にか張りつめていた空気が緩む。
「そんなつもりは無かったんだがな……なぁ?」
最後のなぁ?は俺に向けられたものだった。俺は会長に合わせて大きく頷いた。
「……全くだ」
2人は訝しげな眼をしていたが当人達双方がそう言っているのだから間違いない。俺は2人を余所に少し訊きたいことがあった。
「……奴の狙いはなんだ?何を訊いた?」
「教えてやってもいい。が、条件がある。その件をこれ以上此方へ持ってこないで欲しい」
「……分かった。条件を呑もう」
さして難しい条件ではない。俺は深く考えず了承した。
「再起部の話だ。人員構成や今までの仕事ぶり、だがどれも当たり障りの無いものだった」
嘘はついていないようだった。生徒会には俺が急いで先生の代わりに書いた報告書がある。だが、そんなものを聞いて一体何だというのだろうか。その時、モヤっとした感情が湧いた。
「……壮一さんの話はしたのか?」
「するわけがない。だが理由はお前が思っていることより何倍も深刻なものだ」
俺がまだ知らない秘密の中で大きなものがあるらしい。知りたいとは思わなかったが、大丈夫なのか?という心配はした。
「もう一つ、俺からの見解を話そう。如月は今までの奴の中でおそらく一番頭がよく回るやつだ。そして特に松平。お前の事になるとさらによく回るようだ」
「……つまり、何が言いたい?」
「何があった?とは訊かん。俺が訊いたところで何もできないしな。だから」
会長は一度、間を置いた。一瞬の静寂が一層この空気を張りつめさせる。
「美玖を守れ。恋人を守れ。一番大事な人を離すな。手は打てる。頭も使える。何故かは知らないがこうなっている今、それだけは肝に銘じておけ」
会長は言い切ると近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。言い方はまるで自分と重ねているかのようだった。俺はここでようやくはっきりした。
「……当たり前だ」
「か、カッコいい……」
「確かに。会長ってこんなこと言う人だったんだな」
会長へ尊望の眼差しを向けるカップルが一組。何処にそんな琴線に触れる個所があったのかはさっぱりだが口が開いているのにも気付いていないようなので触れないでおいてやろう。
『200メートル走の選手の人は門に集合してください』
放送部のアナウンスだ。俺が出る種目である。俺は背中を向ける会長に何もすることなく生徒会テントを出た。
「じゃあ頑張ってね。200メートル」
「……期待しないでくれ」
莉櫻達とも別れ、門へと向かった。
元々、話せる機会は無いだろうと思っていたので話せたことは嬉しかった。皆が役職についているうちで俺のみがこうして暇な時間を過ごしているというのは当初の夢ではあったものの、叶ってみると味気ない。
順番に並んでいく。最初からやる気が皆無な俺はドベを回避できたらいいか、と考えていた。
「おっと。まさか同じになるとは」
だが隣に居た顔に驚いた。まさか知っている人物が隣にいるとは思わなかったのだ。そして警戒心を強めた。
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