第77話 体育フェスティバル3

 俺はグラウンドへと戻った。大原先生の意思を少しだけわかったような気がしていた。だが、分かったような気がしていただけであって理解しているわけではない。それに俺は体育祭ここでしなければならないことがあった。

 グラウンドでは生徒達が集まっていた。勿論、今の俺のように急いでその集団の中に入っていく人もいる。ただでさえ、太陽で暑苦しいのに、陽キャラたちの熱気はそれの数倍にも及ぶ、凄まじいものだった。


「これより、体育祭を始めます」


 小太りの禿げた中年の男が前に立ってつらつらと建前を並べた。あとで校長だと知った。

 面倒な開会式がようやく終わり、クラス用テントに戻った時には、もう俺の身体は限界を迎えていた。何せ暑い。体育館でやれよ、と思うがムリなことだと分かっているので口には出さない。


 ……友達が居ないたまえ、会話が生まれない。クラスの内で友達と呼べる人間はおろか、まともに話した人すらいないので俺は出番が来るまで徘徊することにした。


 ぶらぶらと歩いていると最初に売店の近くを通りかかった。3年生の案だったような気がするその売店の売れ行きはなかなかのようで、店員をしている生徒は必死になってお好み焼きや焼きそばなどの王道フードを作っていた。


「おっ。潤平じゃん。ここで何しているんだい?」


「……話せる人が居ないからぶらぶらしている」


 声を掛けて来たのは、風紀委員として頑張っている莉櫻だった。莉櫻は額に汗をいっぱい浮かべていて仕事のきつさが伝わってくる。だが、その表情に辛さは粉微塵もなかった。大方、真鐘と任務中に合法のように見せかけて2人きりにでもなるつもりなのだろう。こちらはそんなアクションさえ取れるような状況ではないのに……。自分の事とどうしても比べてしまい、イラット来るが割り切って邪魔はしないことにする。


「……頑張れよ」


「今、殺気を感じたんだけど……。きのせいかな。潤平も頑張って!そしたらもしかすると……」


「莉櫻?サボってるんじゃないだろうな?」


 何か言いかけたところで真鐘が割って入ってきた。俺はこのタイミングの良さに安心のため息をついた。


「潤平?!何でこのタイミングで溜息?!ちょっ……麗律?さぼってないからっ!バリバリ仕事してるって!」


 真鐘の気迫に気圧されてじりじりと後退していく。真鐘は笑みを絶やすことなく右手をゆっくり、じっくり、力強く握った。


「残念だな。嘘はつかれたくなかったのに。莉櫻は自分に正直に話してはくれないんだろ?」


 残念だな。俺から見れば莉櫻は真実しか言っていない。莉櫻はあたふたし始めた。


「待って。本当だからね。俺を信じて」


「ばーか。知ってたし」


 何とか紡ぎだした言葉をバッサリ切って捨てた。莉櫻は耳を真っ赤にさせて軽く真鐘を睨んだ。


「またハメられた。ハメられやすいのかな」


「莉櫻がサボっていないことは見なくてもわかる。サボる、なんてできないからな~莉櫻?」


 真鐘は妙に麗しくなった表情で上機嫌に笑う。これを指摘してやればどうなるのだろうか……。もがれて終わりだった。


「サボるときはサボるよ?」


「ほぅ?それは例えばどんな時?」


「えっ?……麗律と会う日、とか理由をつけて早く上がることは……ある」


 あ~惚気。思わずのカウンターに真鐘はおろか、俺までえっ?となった。


「……風紀委員、ここに惚気る恋人がいます」


「その2人が風紀委員っていう洒落は」


「効かないな」


 息ピッタリの2人。狙ったわけではないのが凄い。


「……話して大丈夫なのか?」


「ちょうど終わったところだから問題ない」


「しかも、俺達の中で潤平のところへ行けば自然に話せるんじゃないかって考えてたんだ」


 やはり俺の予想は大当たりのようだ。だが俺のところにくればとは……?どういう事かはわからなかったが集合の的にされていたのは確かだった。


「……俺はこれからぶらぶらするつもりなんだが」


「おいて行ってもいいよ。潤平の事だからまたどうせ一人で悩んでいそうだし」


「自分は莉櫻が行くならついていくが……。松平の邪魔になりそうならやめておく。風紀委員だからそれなりに目立つだろうしな」


 真鐘の言い分に莉櫻の顔が落ち込んでいく。それに気付いた真鐘が慌てて付け足しの言葉を紡いだ。


「でも逆に自分達さえ松平に話しかけなかったら松平は1人を確立できるという事でもある……よな」


「……まぁそれはそうだが」


 真鐘が俺に合わせてくれ、と訴えて来たので合わせておく。こんな後付のような理由であっても先程の事はきれいさっぱり忘れたかのように澄ました顔に戻った莉櫻。


「今回はなんで悩んでいるの?」


 3秒にも満たずに質問してくるあたり、莉櫻らしかった。だが、俺はそれを待っていた。別にこの2人を今回使わなくても勝負することは出来たのだが、使った方が楽だと思ったので使う事にする。


「……如月明李を知ってるか?」


 2人は互いに向き合って頷くと首を縦に振った。どうやら有名なようだ。悪名なのかはさておき。


「同じクラスだよ」


「知らないやつはいない」


「……どこに居るか見なかったか?」


「クラステントで見た後……」


 情報を着々とをしてより正確な読みに近付いていた。やはり1人で行うよりも数人から情報を訊きだす方が何倍も楽だ。確かなものかが分からないのが難点だが。


「生徒会テントで見たぞ」


 俺の体温が一気に下がったように感じた。真鐘の一言による悪寒が酷かった。まさか、そんな速くに……ありえない。打ちあがってきた考えを見もしないまま切り捨てる。

 如月が言っていた。“私はあなたを潰します”。これは比喩ではなかったのだ。


 俺はここまで考えた時に、ビリッと勢いよく電流が流れ、何かを閃いた。


「……本当だな?」


「嘘をついていると思うか?誰得だって話だよ」


「どうしたの?」


「……如月に先を越された。非常にまずい」


 俺は生徒会テントへ向けて駆け出した。その時、口角が勝手に上がった。

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