第70話 変化

 美玖達と合流したのは別れてから30分後の事だった。俺はしっかりと見やすいであろう場所をとった。真鐘にニヤッとした笑みを向けられたが、俺は何も答えずに無視した。

 今日の夜空は花火には絶好のコンディションだった。雲一つとしてなく、満天の星空が広がっていく。天の川は見られないが、それでも月と星空は優しい笑顔を与えてくれる。


「うわー。綺麗」


 美玖が一番に気付き、感嘆の声を漏らした。そこに2人もやってきて同じように心打たれていた。こつんと下駄が鳴った。俺のではない。


「これはすごいな」


「花火止めて天体観測にすればいいのにね。そうすればこの景色を皆が知ることになる」


「あははっ!そうかもしれないね。でもここにきている人は花火を見に来てると思うよ」


 プッと真鐘が吹き出した。夢を抱いた少年のように語った莉櫻と、的確なツッコミを入れた美玖が面白かったようだ。


「見たい奴が見ればいい。と、すれば自分たちはそれに気付いたから花火大会をより楽しめる。違うか?」


 気付いた人が勝ちだという真鐘の言葉に2人はそれもそうだと笑った。それにつられて真鐘も笑う。

 俺も笑おうと。だが笑えなかった。ここ最近無表情、または酷い形相で過ごしていたので表情筋が固まったらしい。何と弱い筋肉だろうと思う。


「さて、どう座る?」


 俺が自身の筋肉に悪態をつけていると真鐘が俺達に訊いてきた。俺達は4人1団体のグループである。そのため、横一列や、二人で二列、等の場所編成をしなければならない。だが、どうしても離せない美玖と同じになることは無いだろうと思い、半ば諦めていた。

 半ば、というのは真鐘が莉櫻と見たいと言い出す可能性があったからだ。


「2人ずつで、2列の方が邪魔にならなくていいよね」


「うん。それがいいと思う」


「ならペアだね。どうしようか」


 ここで本命の〇〇〇と一緒がいい!と言えないのが隠れリア充(陰キャラ)。誰かが言いだしてくれるのを待つその姿は餌をねだる赤ちゃんペンギンと同じだった。


「そうだな。……おっ?」


 真鐘は再びコツンと下駄が鳴った後変な声を出した。莉櫻からのじと眼が入る。しかし、真鐘はお構いなし、とばかりに俺と俺の隣を見る。……ん?隣り?」


「これで……決まり……」


 もじもじと小さな声で喋る小動物。いつの間にか俺と美玖は隣同士になっており、カップル同士で壁が出来た。俺はドキドキしながらも平静を装った。

 今更自分の彼女が隣に来たぐらいで、と思う。だがこの祭りの雰囲気が、美玖が今日初めて近くに来てくれたことが、俺の閉鎖した心を破った。


「……前か、後ろか」


「自分は別にどっちでもいいぞ。莉櫻は希望あるか?」


「俺もどっちでもいいよ。どっちから見ても花火はあまり変わらないしね」


「……美玖?」


 先程からずっともじもじしたままの美玖に声を掛ける。美玖は自分の浴衣をギュッと握ったまま何も話さない。その握った力は何かを押しとどめて制御しているように見えた。

 困った俺は美玖の行動に対しての反応が出来なかった。そこで俺はもう勘を頼りにした。


「……なら後ろで」


 この時、美玖が嬉しそうに少しだけ笑ったように見えた。

 俺と美玖は真鐘と莉櫻の後ろへと座る。お互い、カップル同士が隣の状況は、2人きりの空間に居るかのように思うだろう。俺は未だに一言も交わせていないが、隣にいるというだけで、いつも通りにはいかなくなる。


「莉櫻、近くないか?お前の隣、2人分ぐらいのスペースがあるんだが?」


「気のせい気のせい。気にしたら負けだよ」


 2人は肩が密着しそうなほど、近づいていた。口調はきついが、嫌がる素振りを見せない真鐘。その後ろ姿からは莉櫻がもたらした幸福感で包まれているように見えた。


「仲良いなー。2人共」


 美玖がぼそっと呟いた。俺達と比べて、だろうか。そうだとしたら少し落ち込む。美玖は更に指の先と先をくっつけて、手遊びを始めた。

 俺だって好きでこのような距離をとっているわけではない。人目があまりないのであれば、引っ付きたいし、イチャイチャもしたい。だがどうしても前と同じように接することが出来ない自分が居るのだ。

 ゾロゾロと人が増え、広いパーソナルエリアを確保できていたのが、次々と侵されてきた。コミュ障や陰キャラにとっての大事なもの。それはパーソナルエリアだ。このエリアが狭くなればなるほどに弱くなってしまう。


「人が来だしたね~」


「さっきから近いって言ってるのに……。これで目立たないのならよしという事で良いのか?」


 2人はきょろきょろと辺りを見回しながら、そんな会話をした。俺は美玖と話せない以上、莉櫻達の話を聞くべく、聞き耳を立てる。

 右耳に手を添えて右耳を近づける。後ろの特権だ。“気付かなければわからない”というやつである。すると、隣も何かごそごそとし始めた。見ると左耳に手を添えて俺と同じことをしている美玖と眼が合った。交差する視線と視線。俺達はぱっと元に戻した。動作に1つのぶれもなかった。


「長いな。そろそろ始まってもいい頃だと思うんだけど……」


「確かにそれは分かる。けど、この間も楽しいよ」


「自分を宥めようとしたって無駄だからな?」


 真鐘がむきになった瞬間に、空で花が咲いた。深紅の大きな花だった。一発だけの花火。開始の合図。


「うわぁ……綺麗」


 決して美玖の事が引き金になった訳ではないが、美玖が言った後すぐに2発目、3発目と上がった。


「8月最後に良いもの見れたな」


「学校が始まるよ?」


「……この状況でよく現実的なことを言えるな……」


「莉櫻君は学校が楽しみなんじゃない?だって学校なら――――」


「美玖ちゃん?!」


 美玖はにひひと悪戯っ子の表情を見せた。逆に真鐘は何の事だかわからない、と半分首を傾げていた。

 小さい花火や大きい花火がストーリーのように表現を乗せて夜空に咲き誇る。大きい花火は幸せなイベント。小さい花火はトラブルを暗示しているのだろうか。


「「「「たまや~」」」」


 4人が同じタイミングで叫んだ。

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