第69話 亀裂

 もし、私と潤平くんの絆が堅いものならば今の私達には亀裂が入っているのだと思う。私にも問題はある。4年経ってようやくハグをした。そしてその反動で潤平くんとは恥ずかしいから話したくない。

 さっきまで居たはずの潤平くんは莉櫻君に一言、二言告げて、どこかへ行ってしまった。別に悲しいという訳ではない。けれど彼と同じ時間と場所に居るのだという安心感は失われた。


「何処の店にする?」


 麗律が私に訊いてくる。私は悟られないように努めて笑顔を作り、応じた。


「さっきはかき氷だったからねー。わたあめとかは?」


 かき氷で痛めた頭が私を締め付けてくる。……嘘。本当は潤平くんがあんな顔しているのが辛くてかき氷で誤魔化した。


「わたあめかー。それもいいけど食べ物から離れてもいいんだよな?」


「うん。いいよ」


「なら、スーパーボールすくいはどうだ?」


 私は2つほど先にスーパーボールの売店を見つけた。頭の中は麗律から言われたことや、潤平くんの事でいっぱいいっぱいだ。けれどそれを決して面には出さずにしまい込んでおく。


「じゃあそこにしよっか」


「できるだけ急がないとね。場所の事もあるし」


 ここで私はようやく潤平くんがどこに居るのかが分かった。彼は一足先に場所取りに行ってくれているのだ。けれどこの中では誰も触れようとはしない。絶対不変の掟。眼の上のこぶ。腫物のように話題にすら振らない。

 皆、分かっている。今、潤平くんの話題を出したところで話は続かないし、空気はずっしりと重くなる。


「はい。ポイ」


 麗律からポイを受け取る。いつの間にか着いてしまっていたようだ。ぷかぷかと浮いてゆっくりと流れているボールをひょいひょいと器用にとっていく莉櫻君。


「莉櫻君もやるんだね」


「まぁ、こういうのは得意だから。そこいただき~」


 思わぬ特技を知ってしまった。私は上手くもなく、下手でもない。2個はゲットした。


「あっ。……あ~あ」


 隣から腑抜けた声がした。どうやら破けてしまったらしい。記録はゼロ。残念。

 ふと潤平くんは?と考える。彼ならば莉櫻君のように器用にとるだろうか。はたまた、じーっと一個に集中してじっくりととるかもしれない。


「自分が破けてうれしいのか?美玖」


「ん?いやいや全然。考え事考え事」


 顔に出ていたらしい。気を付けないと。


「考え事……松平の事か?」


 思わずびくりとしてしまう。考えられるだろうとは思っていたが一発でばれるとは思わなかった。私は動揺でポイを破ってしまった。


「当たりだな?いや~人の心を読むって楽しい」


「どうして分かったの?私、そこまで顔に出てるのかな?」


「いや、何となく」


 なんとなくで見破られてはどうすることもできないのだけれど……。私は麗律を警戒的な眼で見た。すると麗律は私の頬をぷにっとつまんできた。

 急なことで何の反応も出来ない。そんな私を見てニーッと笑うと、


「彼女が彼氏の事を考えないわけないだろ?」


 私は納得してしまった。

 その時、バシャッと大きな水音が鳴った。どうやら莉櫻君が落してしまったらしい。小さな波が出来て壁にぶつかり、ぺちゃんと音を立てる。


「浴衣、濡れたか?」


「う~んと若干、かな。でもたいしたことないよ。夏だし放っておけばいずれ乾く」


「しょうがないやつだな。風邪引くかもしれないだろ?ほら立って!こっち来い!」


 売店の裏で濡れた浴衣を拭いてやる麗律。口では荒く言いながらも手に持ってタオルで丁寧に吹いていた。私は2人と少し離れておく。


「あ~あ。こんなに濡らして」


「麗律のせいだよ」


「なんで自分のせいなんだよ!大人しくありがとうだろ!」


「痛い痛い!強すぎ」


 莉櫻君の言い分はすごくよくわかる。やはり自分の言葉というものの効力には誰も気付かないものなのだろう。少し強めにゴシゴシされている莉櫻君は少しだけ可哀相だと思った。


「あ、ありがと」


「いいって。濡れて風邪ひかれた方が困る。明日から学校生活で話せる人が居なくなるからな」


 しばらくしたあと、2人はそれは良いムードでした。付き合った年数など関係ない、と2人は教えてくれているのだと思った。2人はまだ半年にも満たないカップルだ。けれど私達より立派にカップルしている気がする。


「麗律は無意識?それとも意識的に言ってるの?」


「はぁ?何の事だ?自分は自分だぞ?」


「お2人さ~ん。そろそろ行こー!」


 私は2人に呼びかけた。2人の顔は朱に染まっていた。どちらともに理由があり、鋼ではないかなという予測もあったが訊かないでおいてあげた。

 私達は歩いた。私を先頭として後ろに二人並んでいる。手を繋げばいいのに。けれど私の眼や他人の眼からの恥ずかしさもあるだろう。私の背中側に眼は無いけど。


「…潤平が……で……」


「けど……えぇっ!……それで?」


 2人は何かをこそこそと話していた。当然私には聞こえない。けど私は嬉しかった。それだけ彼は必要な存在とされているのだという事に気付けたから。

 こう考えると恥ずかしさはあるけど潤平くんと話したくなってきた。


「莉櫻君。潤平くんはどの辺に居るのかな?」


 多くの人がレジャーシートを広げている広場へとやってきた私達。この広場は緩やかな傾斜になっていて何処の場でも見れそうだ。ちなみに星空が綺麗らしい。


「えっと……真ん中ぐらいらしいよ。……って、え?」


 莉櫻君の驚いた顔は面白い。私は全部知っているぞとでもいうように莉櫻君の奥底を覗く。


「知っていたのか?」


「ん~ん、何となくだよ」


 麗律は私に訊ねてくるが訊ね方は確信に近かったように思えた。私だって潤平くんの考えることの一つや二つは分かる。


「本当は?」


「“彼女が彼氏の事を考えないわけない”でしょ?」


「今のを聞かせてやりたいな……」


 麗律は私の心意を受け取ってくれたようだ。

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