第68話 すれ違い

 何食わぬ顔で路地の真ん中に立っていた俺達は、しばらくしてから美玖達と合流した。俺が去る前、美玖はハッキリとこういったのだ。“話しかけに行くことは出来ない”と。

 莉櫻も俺の心境を考えてくれているのか話しかけてきたり、4人での強引な話を始めたりはしなかった。中々に辛いものだ。面と向かって言われたわけではないが、それに等しい行為の先にある言葉だと思っている俺は見えないようにして悔しさを握りつぶすように右手を握った。


「出店多いね~」


「まぁ、この花火大会は去年まで何かの条例に引っかかってたらしくて今年が初めてらしいからな」


「それでも多いといったって、同じものを売っているところが多いと思うけど……」


「若干味が違うとかあるのかな?」


「試してみるか?」


「もったいないと思うよ……」


 3人が和気藹々と話し込むが俺に入り込む余地などなかった。あったとしても入らないだろうが。

 いつもなら美玖が俺に話を振って来てくれるのだが先程聞いたように話しかけてくる気は無いようだ。俺自身、自分から話題に飛び込んでいく正確ではないのでその影響もあるのかも知れなかった。


「かき氷は食べておきたいな」


「あ、目の前にあったからそう思っただろ」


「あったり。ばれちゃった」


 俺達はかき氷を1つずつ購入した。それぞれかけて貰ったシロップは違った。美玖は抹茶、真鐘はみぞれ、莉櫻はブルーハワイ、俺はイチゴだ。実はシロップに味の変化はないというのを聞いたことがあるが、今この場でそれを言っても誰も喜ばないし、そもそも切り出す勇気がないので黙っておく。

 コミュ障は初対面の人間と話すときもそうだが、それ以上に仲が険悪になりかけた、もしくはなっているときの方が苦手だ。


「やっぱりこういう場で食べるかき氷っておいしいね」


「…ん?あぁ、そうだな。……自分じゃないかと思ってた」


「麗律?ちゃんと聞いてよね」


 全く接触は無いものの、美玖がかき氷を備え付けのスプーンで食べている姿は実に画になっていた。には既に沈み、人工島のみの明るさの中でも、その菅らからは眩しい光が感じられた。真鐘も真鐘でよかったが俺が言うより莉櫻が言った方がいいだろう。


「スゲー綺麗」


 口から漏れ出たらしかった。だが、その取り繕いがない本音は真鐘の好感を得るには抜群だったらしく、真鐘はプルプルと震えていた。隣で美玖がくすくすと笑う。


「あ、ありがと。でもあんまりじろじろみんな!」


 美玖が真鐘をつついた。莉櫻はじりじりと後ずさり俺の隣によってきた。がやがやとした騒音で辺りは溢れていたものの、莉櫻は全てが静寂だとでもいうような顔をしていた。


「俺、やらかしたかもしれないよ」


「……知らない。けどおめでとう」


 俺の言葉に莉櫻は俺をじっと見つめた。だが、何も感じられなかったようで、視線を俺から外すと真鐘たちに照準を合わせ直した。


「……俺の事は良いぞ?放っておいてくれれば追ってはいくしな」


「そうはいっても友達だからね。あと男子が居たほうが俺の気分が軽くなるからね」


 友達だからという意味は分からないが、気分が軽くなるのは同意だ。もとよりここは人混みで酸素が薄く、他人の体温同士がこもりやすい。一人は楽だが危険なのだ。それを彼は十分にわかっている。


「うっ。頭がキーンとする」


「美玖ちゃん大丈夫?……俺、それってアニメだけかと思ってた」


「食べ過ぎはよくないぞ?美玖、大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫。もう治ったよ」


 美玖は強いことを出した。カップルはそれなら……とすぐに引き下がった。だがその時、美玖の表情がゆがんだ気がした。一瞬だった。おそらく俺しか見ていなかっただろうと思う刹那の時間――――――


「……み―――――」


 声を掛けようとした時、美玖のあの言葉が蘇る。話しかけに行くことが出来ないのであれば話しかけて欲しくないのではないか。俺はそう解釈した。


「どうした潤平?」


「……何でもない」


 莉櫻の問いを優しく突っぱねる。本当に何でもないんだ。美玖は俺と話すことを望んではいない。だから何でもない……。

 莉櫻は俺が答える気がないと分かると興味を失ったらしくそれ以上は深く訊いてこなかった。これが美玖ではそうはいかなかっただろう。始まりから終わりまですべてを質問攻めして、彼女の中で一つのストーリーが出来るまで続く。


「あとどれくらいで花火始まるのかな?」


「場所取りするか……?遅すぎると満足にみられないと思うから……」


「う~ん。莉櫻の言いたいこともわかるけど、もう少しまわりたい気持ちもある」


「どうしよっか」


 3人が言いあう。だが意見は並行し、次の行動が決まらない。俺は話さなかった。ただじっとその辺の雑草のように傍観者だ。

 美玖が俺の方に視線を向けた。……いや、正しくは俺の前に居た莉櫻へ眼を向けた。俺から見ればぎこちない笑みを浮かべて美玖は話し始めた。


「このままじゃ決まらないよ。だからこうしよう?あと1つだけ何かを買って、そのあと花火のための場所取りをする。そうすれば今よりはちょっと遅くなるかもだけど十分に間に合うと思う」


 美玖の言葉は説得力があった。だが、真に正しいとは言えない気がした。この祭りは今年から始まった。そのため、他の祭りと比べてもより多い人数が訪れている可能性が高い。美玖の案は俺達から見ればいい案だと思う。だが、祭りを主体として考えると、どうしても都合がよすぎる。


「……莉櫻、俺は場所取りしてくる。訊かれることは無いと思うが訊かれたらトイレとでも言っておいてくれ。頼む」


「うん。分かった。俺もそっちの方がいいって思ってたから助かるよ。終わり次第連絡するからちゃんと出てくれよ?」


 莉櫻に耳打ちすると了承してくれた。俺はすっと人混みの中に溶け込む。嫌いだと思っていても役に立つことがあるので驚きだ。

 俺がふと振り返ると美玖がきょろきょろと見まわしていたのが見えた。何か落としたのかと心配になったが、戻らず前へ進んだ。

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