第67話 人混み

 祭り。人々はこの行事に眼がない。叫び、騒ぎ、踊り、歌い……。陽キャラの人間は耳に入ると理性を失ったかのように一目散に食らいつく。そしてあわよくばカップルが成立してリア充となり、失敗すれば甘く切ない青春の第一章の幕が下ろされる。

 陰キャラである俺達がこの祭りに来ているのは他でもない。失った中を取り戻そうとするためだ。美玖が家から帰った後、音沙汰は一切なかった。


「険しい顔をしているね、潤平」


「……人混みは嫌いだからな」


 浴衣を着た莉櫻が俺を気遣ってくれる。紺色を基調とし、黒色の縦ラインが入った浴衣は莉櫻の伸長を高く見せており、よく似合っていた。メガネ、という武器を加味しておこう。


「おいおいそんなんじゃ困るぞ。美玖もいるのに」


「まぁ潤平は人混み嫌いだから」


 女子組2人は流石というべきか、容姿をきちんと整えていらっしゃる。真鐘は普段からは想像がつかないほどに変わっていた。派手ではない紫色だったが、十分である。美玖は赤色の浴衣に全開見たお団子でとても綺麗だった。


「良く似合ってる」


「あ、ありがとう。……ちょっと乱れてる」


 真鐘は莉櫻の浴衣を直してやる。突如、隣で始まった二人の世界に若干、感心しながら美玖を見つめる。今までもそうだが、服を褒めたことがない俺はむず痒く感じてしまう。


「……あの…。その……えーっと」


 ダメだ。喉が突っかかって出ない。美玖はそんな俺をちらっと見ると真鐘の近くに行ってしまった。逃げられた、と俺は思った。


「まだ花火まであるけど、どうする?」


「売店回ろう。暇つぶしだ」


 真鐘は俺への協力を忘れてしまったのだろうか。……幸先がよろしくなかったのは確かだが、諦めるにしては早すぎる気がする。

 すると莉櫻がポンポンと俺の肩を優しく叩いてきた。


「まだあきらめるには早いよ。これからこれから。花火大会は長いんだ。最後に戻ればいいんだよ」


「……そうか」


 俺達は2人を追いかけた。はき慣れていない下駄がカツンカツンと音を立てる。人混みの中、見失っては大変だ。

 莉櫻は巧みに避けて捌いて追いかける。俺は莉櫻が進んだ道をありがたく使わせてもらう。やがて後ろ姿が見えた。間違いない。

 俺達は安心してゆっくりと近づく。彼女たちは気付かない様子で何かを話していた。じれったくなった俺は声を掛けようとした。が、莉櫻に右手で止められた。


「待って。話している内容が怪しい」


「……怪しい、とは?」


「取り敢えず、様子を見よう」


 莉櫻に手招きされて茂みの中へと入りこむ。覗きという犯罪ワードが浮かんだが、気にしないことにする。じっと耳を澄ませば2人の会話が断片ながら聞こえてくる。


「調子はどうだ?」


「全然。……しんどい」


「それは松平……あるのか?


「えぇ?!そう………ね!」


 なるほど、分からん。


「ここでは全く聞こえないね。少し近付こう」


 俺達は更に近づく。

 先程の話はなんだろうか。俺の名前が出ていたような気もするが……。仮説として俺が埋めたとすれば、


『全然。潤平くんといるのがしんどい』


『それは、松平が避けているのと関係あるのか?』


『えぇ?!そうかもしれないね』


 ……あれ?俺。ダメなのではないか?花火大会は3人で行った方が楽しいのではないだろうか。


「……帰った方がいいか?」


「なんで?潤平いないと始まらないよ」


 始まる以前にさっき終了したのだが。俺は気分が物凄い勢いで下落していく音を聞いた。


「美玖。どうして話さなかったんだ?」


 おっ。今度はちゃんと聞こえる。……もう意味ないけど。俺はそれでも聞き耳を立ててしまう。


「なんの事?」


「お兄さんの事だ。会長や再起部のみんなには話してたんだろ?」


「話してないよ。みんな知ってるからね。でもどうして麗律が知ってるの?」


「それは……人から聞いたんだ」


 辺りは雑音にまみれているがここは外れの地。誰にも聞かれずに話すには絶好の場所だ。


「潤平くん、でしょ」


「まぁね。あいつが自分に話してくれた」


「私は兄の事を言いふらすつもりはないの」


「けどあいつは別じゃないのか?彼氏だろ?」


「そうだけど。知ったら後悔する。再起部の部長とか大原先生とか会長と……私。接点が多すぎるよ」


 止めろ真鐘。もう十分だ。このまま俺が我慢して表面上笑って表面だけ戻してしまえばいい。

 だが、真鐘は止めなかった。それどころかさらに追い打ちをかけていく。


「松平は全て知ってるぞ。会長からすべて」


「え?」


 俺は美玖の絶望した顔を始めて見た。真鐘の言ったことが信じられない。そういっていた。


「あいつはどう思ったと思う?美玖が言うように後悔したと思うか?しなかった。あいつは“美玖と元に戻りたい”って言ったんだ」


「潤平くんが?」


「そうだ」


「私からは言えなかった。だから先生にいつかその時が来たら話してくれってお願いしてた」


 美玖……。やはり大原先生が存在をちらつかせていた情報は重要なものだったらしい。


「相当に荒れてたんだからな。あとで話してやれよ」


 真鐘はくるっと向きを変えて歩き出した。その時、俺と眼が合ったような気がした。バレテタ。


「ありがとう麗律。教えてくれて。嬉しかった。潤平くんの事も麗律が話してくれたことも……」


 真鐘は立ち止まって背中で美玖の言葉を聞く。


「でも、話しかけに行くことは出来ない」


 美玖の言葉に俺は意識が飛びそうになった。莉櫻は俺に出ようと指示してきた。言われるがままに莉櫻についていく。きっと俺にその先を訊かせないようにするためだったのだろうと気付いたのは人混みの中で一息ついた時だった。


 ☆☆☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あの時の続きが


「ハグして気まずいから無理!!」


「え?!」


 だったなどぜったに分かるはずがなかった

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