第七章『サビには油を』

第71話 新学期

 新学期とは嬉しくも楽しくも無いものである。夏休み中には存在していた自由な時間がきれいさっぱりなくなってしまうからだ。別に休みだろうと、学校だろうと影響を受ける程、友達を持っていないので関係は無いことだが。俺はいつも通り生活するしかない。


「お久~!ブチョー!!」


「……元気だな」


「まぁね~。友達とも会えたし」


 人間誰しも別れた状態のテンションで会う訳ではない。それを体現しているようだった。薄桃色の髪をふわふわとたなびかせ、俺の方へと寄ってくる。

 吉田さんは長机に座ると爪をいじりながら話しかけてきた。


「それでさ、どうする気なの?」


「……先生には何も訊いていないのか?」


 この場合の先生とは大原先生の事を指す。


「訊いた。けど、『松平自身から聞け』って言われたの。だから早く教えて」


 大原先生はすべて俺に一任する、と考えているのだろう。だから自分からの行動は避けた。そこまでして俺に何をさせようとする気だ?

 ともあれ、俺は吉田さんにもう隠す気もないので話すことにする。


「……新山さんを次の一件の間のみ、部長にする」


「え?シズシズが部長?」


「……その通りだ。この案には新山さんから依頼された時から気付いていた。そして先生に許可も貰っている」


「シズシズがしなかったらどうするの?」


 素朴な疑問、だったのだろう。だが俺にはおかしくてたまらなかった。


「……しないなんてことは絶対にありえない。なぜならこれしか方法がないからだ。この方法以外は根本的な解決にはならない。まして手新山さんは変化を願っていた。これがどういう事かわかるか?」


「…わかんない」


「……再起部に相当肩入れしている新山さんだ。部長になりたいという気持ちがない訳がない」


 実際には、一回仮として行ったそうだが、上手くいかなかったらしい。その時から内側では部長をと思っていても外側では下っ端で我慢していた。この考えで十中八九間違いない。


「で?その間ブチョーは部長じゃない訳だけど何するの?ブチョーが手伝ったらシズシズが部長になる意味がなくなると思うんだけど」


「……俺は静観、もしくは他の一件が来たらその時はそっちに対応する」


 まさか吉田さんとこんな話ができる日が来るとは。この手の話をできないやつだと思っていてごめんなさい。俺は澄ました顔をして心の中で詫びた。


「その間の私は?」


 吉田さんは全く気付くことなく訪ねてくる。


「……さぁ?好きにしろ。新山さんを助けたっていいし、俺の方へきてもいい。逆に新しく他の事をしても全然大丈夫だ」


 とにかく依頼を達成させようとしている俺の案は多少強引なところがある。吉田さんはそれに気付いたようだ。


「ねぇ。それって部活じゃなくない?部活ってみんなが1つの事に協力してやっていくものじゃないの?これだと個人戦じゃん。ブチョーの言う通りならシズシズは部長になれて喜んでいるはずなのに……。部活じゃない」


 強い意志を持った彼女の目は鋭かった。どうしてこのような方法なのか、と憤っていた。

 だが、と思う。俺はあくまで可能性の一つをを例にしただけに過ぎない。なぜなら今の家庭の話では既に俺は部長ではなくなっているから。部員は部長に従うもの。だから部員の時の話はたとえ今現在部長だったとしても何の効力も持たない。


「……そうか。なら吉田さんが全員で仲よしこよしで協力できるものを何か考えてくれ」


「仲よしこよしって小学生?!私には何も思い浮かばないよ。私は決められたことをするだけ」


 薄桃色の髪が寂しく風に吹かれた。机に座って髪をかき上げている姿はとても画になっていた。吉田さんに俺や新山さんのような思考力や判断力は無い。だが、行動力は一番あると思っている。


「……よろしくな」


「え?何で?私、今何かよろしくされること言った?」


 眼をぱちくりと瞬きし、俺に訊ねてくる。俺はその無言の質問から逃げるために、部長椅子を回し、窓の方を向いた。

 外では運動部の人間が何のためにするのかわからない運動を行っていた。深くじっくり見たわけではない。ただなんとなくで眺めていた。


「分からないけどよろしくされとくよ」


 吉田さんは諦めたように言ってきた。俺は背中でそれを聞き、


「……あぁ頼む」


 と、返した。


 熱い暑い太陽が照りつけてくる。時刻は夕方で日は沈みかけているとしても熱せられた地面はまだ高温を保っている。ゆさゆさと揺れる葉。遠くから蝉の声も聞こえる。

 2学期が始まってしまったのだと実感する。俺の案でどこまで現実に抗うことが出来るのだろうか。少し不安ではあるが、もうやるしかない。


「今のブチョーはなんかカッコいいね」


 俺が覚悟を固めた瞬間に吉田さんが調子の外れることを言ってきた。がたっと崩れ居りそうになるのを何とかごまかして吉田さんの方へ回転させた。

 吉田さんは俺に見つめられてようやく、自分がどんな言葉を口から出したのかを思い出したようだ。


「い、今の無し!何も無し!私は何も言ってないし、ブチョーは幻聴を聞いただけ!!」


 一気に捲し上げて語ってくれる。別に俺は何もしていないし、一言もしゃべっていない。吉田さんが勝手に慌てて、勝手に何かを語り始めたに過ぎない。


「……はいはい。俺は何も聞いてません」


 だが、俺は乗ってやることにした。


「絶対?本当に何も聞いてない?」


 え?その美味しい展開はなんですか?


「……実は少しだけ聞いてしまいました」


「えぇ?!どこ?何処を聞いたの?言……あっ」


「『ブチョーはなんかカッコいいね』って聞いた」


 お見事!!最後に気付かれてしまったが、何とかやり遂げることが出来た。……おい。涙目でそんなに振り上げるな?!やめて!

 吉田さんは椅子に左足の膝を乗せて、俺を拘束し右手を握った。せめて平手に……いや、そもそもどうして俺がこんな目に……と思ったが、もうどうにもできない。


「こんにちは。少し遅れてしまいまし……」


「……Help me」


 救世主が再び現れた!死ぬ寸前を味わったのは初めて……。

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