第57話 初夜
俺はピッタリ19時に帰宅した。狙ったわけではなくたまたまだ。部屋を覗くと誰もいなかった。そして荒らされてもいなかった。そのため、2人はずっと美玖と一緒に居たのだと確信した。
「……大丈夫。その為に包みまでしてもらった」
言い聞かせる。俺はこんな性格なので自己暗示は得意ではないのだが、他に対策がないので仕方がない。
それから俺はプレゼントを気付かれないようにしながら、飯の用意と風呂を済ませた。スパイのようにする莉するりとかわして言った俺の技量を話したいところだが、うっかり美玖に訊かれてはいけないので黙っておくことにしよう。
「潤平くん」
少しドキッとしてしまう。悪いことをしている最中に呼び止められるみたいなそんな感じ。
「……出たか」
美玖は先程まで風呂に入っていた。体から出ている湯気といつもより艶やかな肌が俺の眼に飛び込んできた。平静を装いたいが、どうしても口元がにやけてしまう。
「今日は泊めてくれてありがとう」
美玖はもじもじしながら礼を言った。ここで俺は今まで意識的に考えないようにしていたことを考えてしまう。
それは“男女が一つ屋根の下に居る”ということだ。美玖の服は急に決まったので、無い。そこで今、美玖は俺のパジャマを着ていた。俺のだから少し大きいわけで……。今の状況を説明すると“男女一つ屋根の下で美玖が俺を誘惑している”ように見える。
「……俺の方こそ助かった。ありがとう」
2人は俺のベッドを使うといって聞かなかったので、美玖と俺は2階で寝ることになった。美玖には俺が隠れていた箪笥で偶然発見した布団で寝て貰うようにした。俺は勿論ソファだが。
期待を裏切るようで悪いが、間違いは起こらないからな。ただ一緒の空間で寝るだけだから。
「ソファで大丈夫?」
「……あぁ、いつもの事だから」
美玖以外誰もいない。祖とも暗く、話声など聞こえない。2人で地球ではないどこかへ飛ばされてしまったようだ。
「私がソファで寝るよ?」
「……それはダメだ。大丈夫だから」
彼女にソファで寝させて自分はぬくぬくと布団に入る彼氏が居てたまるか。
「腰とか痛めちゃうよ?」
「……今日だけだから」
「嘘。いつもの事だからってさっき言ってた」
しまった。夜中が近くなり思考が鈍くなっている。アドレナリンのみで何とか起きている状況に近い。
「……ごめん。でも大丈夫だから」
「じゃあさ……」
風呂上りで火照った体をくねくねとさせる美玖。
「一緒に寝よ」
え?えぇぇぇぇぇぇっ!!待て。俺の幻聴か?疲れすぎて妄想がよりリアルになってしまっているのか?!
「……うん?」
「2回も言わせないでよ!寝るの?寝ないの?どっち!」
「……寝る」
ぼそっと小さく、美玖の顔など見られない。恥ずかしいという気持ちが大半を占める中で感情が現れていつもの俺を失ってしまう。深夜ハイテンションとは何とも恐ろしい。
ちらっと美玖の方を見ると眼は潤んでいて顔は真っ赤になっていた。……ダメだ、さらに惚れそう。
「こっち来て」
俺は借りてきた猫のように布団の上へと座った。それはまだ寝ないという意思表示でもあった。
「……来た」
「ふふっ。潤平くんってば照れてるの?」
俺は美玖の「潤平くん」という言葉と、足に手を置かれてドキッとしてしまう。俺は何かも言い返そうと頭を働かせようとするが、うまくいかない。
「……照れてないし」
唐突だが、この時点で俺と美玖は互いの作る雰囲気により、“雰囲気酔い”をしていたと思った。
「本当かな~?」
うふふ、というよりムフフと笑う美玖。この状況を楽しんでいるとさえ思えるようなそれは俺へのダメージがクリティカルで入ってくる。……つまり、始めて見る種類の顔だ。可愛い、である。
「……もう寝る」
「膝枕してあげようか?」
どくん、と大きく脈打ったのを感じた。通常の状態であれば絶対に言わないセリフ。してもらいたい、という忠実な思いがわくが、絶対に眠れなくなることは分かる。両者を天秤にかける。
欲に忠実になるか、理に忠実になるか。
「……美玖も疲れただろ?もう寝よう」
理由。俺はまだそんなことできないから。
「分かった。じゃ布団にはいろっか」
「……そうだな」
ぴたりと身体が止まる。無意識下でブレーキがかかっているのだ。
俺は間違いは起こらないと断言してしまった。だが、実際はまだ間接キスや、手繋ぎ程度ですら一回だけでままならない俺達が一緒の布団で寝ようとしている。一回だけならほかの時と同じようにできるはず、と思わなくもないが、それは過去の事だからこうして言えるわけで、今起きていることには何の効果もない。
「入らないの?」
ニヤついた笑みを向けられる。
「……美玖からはいれよ」
「嫌。潤平君がソファで寝ちゃいそうだから」
それは考えていなかったな。
俺は最初だからまだ、という事で意を決して布団の中にもぞもぞと入りこんだ。すると途端に美玖が入ってくる。
「……!!」
「今更だけど変な事はダメだからね」
「……しない」
互いが背中合わせで言葉を交わす。しかし、同じ向きでは鼻が詰まるな……。
寝返り(?)をしようと身体を動かすと美玖の足に当たり反射でぴくっと動いてしまう。
「反射したでしょ」
「……してない。よいしょ」
気にしない素振りと言葉で追撃を逃れる。くるっと1回転するとそこには美玖の顔があった。
「やっとこっち向いた」
ふふっと微笑む美玖に俺は固まって答えた。異常な心拍数と心臓を締め付けられるような痛み。
「……」
さらに惚れてしまったと確信した。
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