第56話 大胆行動
俺は美玖からの一言で、世界が停止したように感じていた。泊めてくれ?全然いいよ?!でも、俺の家だよ?2人が居てくれるから大丈夫か……ん?何が?
オーバーヒートした頭を急速に冷やしながら美玖へと問いかけた。
「……いいけど、なんで?」
美玖はやった、と小さな声で呟いた。本人は聞こえないと思っているようだが、実は聞こえている。少し心が躍って嬉しくなった。
「潤平くんの負担を減らすため、かな」
「……そうか」
“ごめん”とも、“ありがとう”とも返すことが出来なかった。俺の負担が減るという事は美玖の負担が大きくなる。そのことにどう反応していいのかわからない。
「でもドキドキしてる」
「……泊まるからか?」
美玖は落ち着きがないというように身体を右に動かした。回線はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと目まぐるしく動く。
「それもあるけど……潤平くんと一緒に居られるから」
俺の名前からあとは本当に聞き取りにくかったがちゃんと聞き取った。
「……そうか。まぁ、俺だけじゃないけど」
そして不意打ちできゅんとしてしまった。自分でも赤くなっているのが解る。
「潤平くん熱?赤いよ?」
「……な、なんでもない」
美玖も紅い癖に俺の方にばっかり行って来る。それは視覚からの情報だからだろうが、俺としては美玖自身の状態にも気付いてほしい。
恋人2人が俺の部屋で2人とも赤くなるという謎の長現象がしばらく続いた。
沈黙。何か言いたいのにつっかえてうまく言葉として発音されない。この沈黙を破ってしまうと負けな気がするというのもあるし。ただ沈黙。
「なるほど。恋人とはそういうものなのですね」
沈黙を破った負けは茜だった。……え?何でここに居るの?!
そんな俺の動揺など、どこ吹く風の茜は美玖の手を両手で包みこんだ。包まれた美玖はこの子が俺の言っていた“双子の悪魔”の片方だと確信したらしく、覚悟のある顔で茜を見た。
「あなたは、赤眼のポニーちゃん。……だから茜ちゃんね」
俺の顔で答え合わせをしてくる。答えはもちろん正解だ。
「あなたはお兄さんの恋人さん……美玖さんですね」
同じく俺の顔で答え合わせをしてくる。その際に口の動きだけで『てがみ』といわれ、あぁそうかと思いだした。
茜ともう一人の悪魔である瑠璃はこの家に来た初日に俺の部屋をそれはもう花火のように盛大に荒らしてくれやがった。その時に手紙を2人に見られて知るところを見たのを俺は思い出したのだ。
「碧眼ツインちゃんは?」
「瑠璃ですか!……後ろです」
「あ、なんでバラしたの?もう少しだったのに」
ベッドの上から覆いかぶさろうと構えていた瑠璃。全く油断できないやつである。
「瑠璃ちゃんね」
「美玖姉ちゃんだね。ようこそ、我が家へ」
「……いつからだよ」
俺のツッコミは華麗に無視された。
「よろしくね!美玖姉ちゃん!」
「よろしくお願いします。お姉さん」
「うん。こちらこそよろしくね」
相手を威圧しないように軽く笑う美玖。しかし同時にその内には上下関係を体で覚えさせるような何かが見えていた。コミュ力の高い人間とはこういうことを言うのだろう。他人と気兼ねなく話し、言外で己の地位を確立させる。
「……流石」
ぼそりと呟いた俺の呟きは川の水一粒のようにすぐに掻き消えて分からなくなった。
「恋バナが聞きたいですっ!」
紅く眼を輝かせ、喰い気味に美玖へと詰め寄った茜は美玖に両肩を掴まれた。
あれ……どうしてだろうか。殺気を感じる。その矛先は俺ではない。個人対象ではなく、複数。しかし2,3人ぐらいの規模。
「そんなに聞きたい?」
「はいっ!」
「ボクも気になる」
「潤平くん二階、使うね」
「……どうぞ、ご自由に」
呆気にとられ、俺は他人行儀の返答をしてしまう。しかし、俺は悟った。俺に対してではないことは分かっていたが、2人だけではない。声のトーンからして激怒ではないが、やるせない、もどかしい自分に怒っている感じがした。
俺がそんなことを考えていると、3人は俺の部屋から出て、階段を上っていった。
「……何だったのか」
真相は闇の中である。俺の考えすぎという線もあるかもしれないしな。
ともあれ、恋バナと2人の面倒を任せてしまった俺は手ぶらもち状態。つまり暇となってしまった。この暇が美玖によってもたらされてものでなければ俺はここで昼寝や趣味にどっぷりとつかるのだが、美玖が頑張っているのに怠惰なことは出来ない。
美玖には悪いが、ここはお礼をしなければならないだろう。
ふと見上げたその先に美玖からの誕生日プレゼントが目に入る。時刻はいつの間にか14時過ぎ。
「……行くか」
今から行けば買い出しも済ませた状態で19時には確定で家へ帰ることが出来る。恋バナが終わったとしても、美玖ならどこかに遊びにつれていくことや、更なる話題で女子会(笑)を盛り上げることなど造作もない事だろう。
俺は財布、携帯を手に持ち、家を出た。そのほかのものは無いもない。アクセサリーもワックスもない。フリーダム。
“付けていない”のではなく、“持っていない”のだ。この年頃になると周りは「ファッションだー」「メイクだー」となるらしいが俺には全くそういう感情が湧いてこなかった。興味がない、言葉で表すとこの一言である。
俺自身は別にそれでも構わないのだが、最近になり美玖も俺と同じようにつけていないことを知った。女の子はした方が可愛いし、俺に遠慮をしているのでは?と思った俺はこうして今、決断したのだった。
「……さて、良いのがあると良いな」
俺の運が試される時だ。
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