第58話 プレゼント

「私の顔に何かついてる?」


「……あるべきものしかついてない」


 美玖へ返すのはこれが精一杯だった。いつもとは違う時間帯。いつもとは違う2人のテンション。いつも通りとは真逆とさえいえるような時間を俺は体感していた。

 時刻は今、何時なのだろうか。心臓の刻むリズムが速すぎて平時の感覚が狂っていた。


「今日、どこ行ってたの?」


 美玖は俺が出て言ったころを知っていたらしい。大方、2人が助言したからだろう。だが、ある意味助かったといえる。


「……買い物。食材調達……と」


「と?」


 何故だろう。今のテンションなら何でも言えそうな気がした。だから、


「……プレゼントだ」


 そういって、俺はずっとポケットにしまいこんでいた箱を取り出した。中には残念ながら指輪ではなく、ネックレスだが。自己的主義になるが、指輪は自分の稼ぎで買いたい。けどネックレス(5000円相当)も大事にしてほしい。だから、箱に入っている。


「…え?うそ……」


 信じられない、といった顔の美玖。俺達はいつの間にか座っていた。


「……ネックレスだけど」


「潤平くん」


 何かをぐっとこらえるように俺の名前を呼んでくる。俺がプレゼントをこのようにしてドッキリ渡しするのが初めてだからだろうか。

 俺は付き合い始めて以来、毎年の美玖の誕生日と、俺のある事件前までは家族旅行でプレゼントを渡していた。だが、その時には事前に美玖も知っているためドッキリにはなっていなかった。


「潤平くん……」


 眼元を手で覆い隠し、うっ……うっ……と嗚咽を漏らす。俺は無言で開かれた箱を見た。その箱の中には細いチェーンと真ん中に小さいが「M]の字が入ったネックレスが居た。金色の縁にピンク色で塗られている「M]は俺が悩んで選んだ色だ。


「ありがと」


 美玖は笑った。先程までの涙が全てうそだったかのように。眼を細めて満面の笑みを向けられて、俺は心の底からよかったと思った。


「……おう」


 少し照れくさい。右手で頬を掻く。

 すると、美玖は何を思ったか、俺と美玖の間にあったネックレスを自分の後ろに置いた。


「……?」


「眼、瞑って?」


 唐突なお願い。この状況でさっさと寝ろという事なのだろうか。先程まではテンションの高さで何でも言える気がしていたが、安心感が積もりすぎて、今では理性が戻ってしまっていた。


「……眼?」


「うん。ちゃんと両目だよ?」


 言われたとおりにする。俺の視界は暗闇に支配される。何もないくらい世界の中で、ふーっと大きく息をふく声が聞こえた。すると次は布、いや布と布が擦れる音がした。

 何だろ………?!……?!

 俺が考えるのをやめたのは、俺に温かいものが密着してきたからだった。


「?!」


 俺も美玖も何一つ言葉を発しなかった。眼を瞑っていても、首に回された美玖の腕や、我が家のシャンプーのはずなのに甘い匂いがすることは分かる。美玖の体温が俺を優しく包んでくれる。

 俺はそっと美玖の背中へと腕を回す。


「ん」


「……大丈夫か?」


「平気」


 お互いをしっかりと確認し合う。遊園地の日にもこんな事と似たようなことがあったと思いだした。あの時も視界は暗闇だったな。

 すると美玖が動いた。瞬間的に離れて、生まれてしまう空間。俺が終わりか、と悲しく諦めかけたその時、


「ん~」


 更に強く抱きついてきた。どうやら終わりではなかったようだ。


「……眠いのか?」


「眠くないもん」


 俺の肩口におでこを擦りながら否定をしてくるがその言い方は眠い証拠だ。俺はそっと眼を開ける。


「……このまま寝るのか?」


「潤平くん暖か……」


「……お~い。美玖?」


「いや、寝ない」


 ぎゅ~という擬音語が最も似合う動作をしてくる。


「ドキドキしてるでしょ」


「……し、してない方がおかしいんだ」


 あ~っ!動揺を見せるな!俺!落ち着け……。

 しかし落ち着いてきた余程に美玖が強く抱きしめてくるので、結局、俺は心臓のエンジンを最大出力で「回すしかなかった。


「絶対寝ないから」


「……何も言ってないぞ」


 幻聴にしっかりと反論する美玖。可愛い。言葉では絶対寝ないといいつつも俺にかかる重圧が大きくなっていることから寝ていることは確実だった。

 そこで俺は美玖の背中にあった手を頭に移動させた。優しく撫でる。いい匂いが満ち、美玖の抵抗も限界を迎えたようだ。


「……」


「……寝た、みたいだな」


 耳を立てればスー、すーと静かな寝息を立てている。今日半日、美玖には悪魔を任せっぱなしだったからな。疲労もたまっていたに違いない。

 迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ないと思う。だが声には出さない。美玖は俺のためにやってくれたのだ。その美玖に謝罪など筋が違う。こんな時は感謝の言葉で充分なのだ。


「……ありがとう」


 もう寝ているか、と俺は自分にツッコみを入れる。

 つい最近まで、顔すら見れなかった2人がハグをしているとはだれが予想できただろうか。ト人たちがそう思っているので、誰も予想できなかっただろう。だが、俺にこの理由を訊かれても困るのだ。俺は何も変わっていない。ただ一つ、ずっと変わらない言葉。


「……好きだぞ、美玖」


 美玖が俺のいない場所で何をして、何を考えているのかはわからない。だが、美玖自身が変わったことぐらいは分かる。……後々話してくれるはずだ。

 俺は頭を撫で続けながら寝られないことを自覚した。

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