第10話 水族館デート(終幕)
「可愛いっ!」
果たして何が可愛いのか。俺は彼女の言葉に疑問を覚えた。
俺達がやってきたのは『触れ合いコーナー』である。俺は生き物が好きではない。しかし、彼女が行くと言ったら来ているのである。だからヒトデをこちらに向けてこないで欲しい。
「触らないの?」
「……ドクターフィッシュぐらいなら」
「そんな小さいのいないよ?」
「……え」
「ナマコならいけるよ!」
ナマコなんてふやけたはんぺんだろ。俺が拒否しようとしたその時、彼女は俺の腕をガシッと掴み、水面に持っていく。
女子の、ましてや彼女の力など容易に振り切ることが出来ただろう。しかし、彼女だからこそなのかナマコのせいなのかはわからないが力が入らない。
「……うわぁ」
水面から水中に入っていき、俺は変な声が出る。どうしてこういう時に彼女は平気なのだろうか。俺の袖を引っ張った時にはあんなに恥ずかしそうにしていたのに今では何か活き活きとしている。
「まだ?」
まだですっ!けれどナマコエキスが水に溶けているため手が既に気持ち悪い。
しかし、俺はついにエキスを超えてしまう。
ぷにっ。
生この辺な感触が俺の指から感じられる。なまこは微動だにしない。
「……あー」
思考回路が壊れた俺はそれなりの声で叫んでみた。彼女は俺の顔を見たがその手を離そうとはしなかった。余程俺反応を見て楽しみたいのか?
「今度は掴んでみてよ」
無茶な……。
「……えー」
「克服するチャンスと思ってさ。頑張って」
彼女に頑張ってと励まされて頑張らない彼氏は居ない。が、克服するつもりは無い。
「……どうしても?」
「うん!勿論」
ナマコを指でつついていた俺は覚悟を決めた。まぁ、逃げ出そうとしても腕を取られている為逃げれなかっただけなんだけど……。
掴むという動作は俺自身がしなければならない。嫌だよー。
うにゅ。
精神を強制的に削り取り、掴む。
「掴んだ?水の中じゃわからないから持ち上げてみて」
もう、どうにでもなれ!
俺は無言でナマコを持ち上げた。水が滝のようにこぼれおちていく。そう言えばナマコってほとんどが水なんだっけ……。
「……ん」
「すごいっ!持ち上げてる!……あれ?潤平くん?」
俺はどうやら精神を削りすぎたようだ。おかげで近くにいるはずの彼女の声がとても遠くが聞こえるよ。
「……ナマコ」
「急に?!もういいから下ろしてお土産コーナー行こ」
ぽちゃん。
ナマコは俺により強制スカイダイビングを体験させられたようだが知ったことではなかった。
『触れ合いコーナー』の隣にあるのが『お土産コーナー』と、出口だった。
「……何かいるか?」
「特にないけど一応見ようよ」
彼女はあまり物欲がない。そのため俺が今までに全て金を支払えていた。しかし、そんな彼女も極たまにだがものを欲しがることがある。それが今日だった。
「これ見て!ナマコストラップ」
もう俺はナマコにトラウマ抱いているんだけど…。触ったナマコと同じ形をしていやがる。
「……それいる?」
「潤平君が面白かったから」
きっと本心なのだろう。くすくすと笑う顔は今までのどんな表情よりも強く心が惹かれてしまう。
「……それでもナマコか」
若干の悪寒があるのは仕方の無いこと。
「はい、おそろい」
「……俺も?」
ナマコ?ペアルックは嬉しいけどそれがナマコというのはイマイチ釈然としない。
「……わかった」
わかったのでそんな顔しないでください。
結局、ナマコストラップを2個購入した。どこに付けるのだろうか。
「どこに付けるの?」
俺に訊かれても困る。自由にすればいいと思うな。
「……どこでも」
「じゃあケータイに付けよ!」
「……え?俺も?」
「え?付けないの?」
「いや、つけます」
俺達は互いにケータイに取り付けた。わーい。ペアだっ!
☆☆☆ ☆ ☆ ☆
「今日は楽しかったね」
「……喜んでくれて何より」
俺達はバスを待っていた。何が楽しかったとかどこが楽しかったとか色々あったが俺たちの会話にそれは無い。だが、相手からはちゃんと楽しかったと伝わってくる。それでいいんだ。
「家、寄っていく?」
「……いや、暗いし帰るよ」
既に辺りは暗くなり始めていた。6時30分ぐらい?31分にはバスが来ると思うんだけど…。
「あ、バス来たよ!」
どうやら俺の体内時計は正しかったようだ。俺達はバスへ乗り込んだ。窓側は彼女で通路側が俺だった。
俺たちの後からも続々と帰る客が乗り込んでくる。
「結構多いね」
「……そうだな」
あれ?おかしいな。安心したのか?めっちゃ眠い。
「潤平君。大丈夫?」
「……あぁ………勿論……」
あぁ、ダメだ。落ちそう。
「それでは発車致します」
運転手の声ですら安眠を促す子守唄に聞こえてきて……。
カフェインが足りなかったのかな?でも気持ちいいからいいかー。
「ひゃっ!潤平君っ?!」
シートとはまた違った柔らかさと甘い香りと彼女の声が……あ……もう…………無理……。
俺は不思議と気持ちよく意識を手放した。
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