第9話 水族館デート(後半)

「……頭冷えたか?」


「うん。大分」


 元に戻そうとしたまでは良かったものの、俺と彼女は会わなければ(10秒でも)最初に戻ってしまう。……完璧に失策である。

 彼女がどうしてあそこまで重症化したのかはわからない。が、俺が関係しているのは確かだ。

 深海エリアは気分ではないと意見が一致したため次のエリアへと行くことになった。……すまない深海魚。


「……次のエリアって……」


「人気者がいっぱい…らしいよ」


 人気者エリアだそうだ。俺の見立てではペンギンやイルカがいる。

 2人ならんで歩いていく。手を重ねることもなければベタベタとくっつく事もない。ただ間に一人分入れるか入れないかぐらいのスペースを作って歩く。


「……いつも通り」


 変化を望む一言だったのが、今日のことで安心する一言に変わってしまった。


「何か言った?」


「……いや、特には」


「ここ終わったら『触れ合いコーナー』行こうね」


 たらりと冷や汗が。


「……あぁ」


 肯定。しかし……内心やりたくない。実は…見るのは平気、食べるのも平気な俺だが、触るのは苦手なのだ。一言で言ってしまえば“気持ち悪い”。

 生き物を触るなんて猟師か芸能人だけで良いだろ。しかし、彼女が行くのならば行かないという選択は無いのだった。


「かわいい……」


 俺の思考は彼女の呟きで終了する。目の前にはちょうどペンギンの巡回警備のお時間だったらしく、我が道を行く、とばかりに道の真ん中を一団が行軍していた。……要するにペンギン達の散歩である。

 俺は彼女が固まった表情をしていることに気が付いた。


「……どうした?」


「ペンギンのお散歩って貴重なんだよ」


 成程。写真が撮りたいのか。“携帯使わない”ルールは暗黙だったはずだが…。別に写真位自由にとればいいのに。

 彼女は携帯が入っているであろうポケットと俺の顔を交互に見やる。


「……撮ったら?」


「ありがとうっ!」


 まるで、私はあなたに救われました、とでもいうような顔をしている彼女。……これはマジヤバイ。

 フラッシュをたかないように注意して確認した後、2枚、3枚とパシャリしていく。

 ペンギンの警備は本当に球にしかなく、生で見れるのは珍しいらしい。……ふと見たチラシに書いてあった。全然仕事しないんだ……いいなぁ。


「潤平君、撮ろう?」


 彼女からのご指名を受けた俺はようやくペンギンに興味を持った。

 まずは彼女とペンギンの写真を数枚パシャリ。この画像めっちゃ欲しい。黙って俺宛てのメールへ送ろうとしたが、後が怖そうなのでやめておいた。

 だって彼女が笑顔で俺に向かって(カメラだけど)ペンギンと一緒に(どうでもいいけど)ピースして(これは最高)写っているんだぜ?頑張って一万円だせるわ。

 次になぜか俺とペンギンの写真も撮った。。別に必要ないと逃げたのだが、


『ダメっ!』


 と、頬を膨らませたので仕方がなかった。いったい俺とペンギンをとって何が楽しいのやら。


「は~い。笑って笑って」


 言われとるぞ。ペンギン。


「潤平く~ん」


「……す、すみません」


 ひぃぃぃぃいいいっ!!もう気の済むまでやってくれ。

 最後は……アレだよな。一緒に撮るやつだよな。しかし、どちらかが声を掛けるべきか。俺的にペンギンではなく彼女との写真に意義を持っている。そのため今、ペンギンも入る必要は無い。だが、今日の俺は振り回されてばかりだった気がするため、俺から誘いたい。


「……撮るか、写真」


 誰が、とも何を、とも言っていないが不思議なもので彼女には簡単に伝わってしまう。


「うんっ!いいよ!少し屈んで」


 カメラ操作は彼女の担当のため、背が彼女より高い俺は屈んで画面に入る。彼女は精一杯ななめ上向きに腕を伸ばし、彼女、俺、ペンギンがいい角度に入るように調整してくれている。

 俺達以外の客が居なくなった一瞬の隙を突いて、


『パシャリ』


 1枚を撮ることが出来た。


「……見せて」


「えぇっと……はい」


 何か一瞬やべって顔をしたのは気の所為だろうか……。

 写真は彼女が右側の大半を占め、俺が残りの下側に写っている。そして、その俺の頭上にペンギンが歩いているような1枚だった。


「……後でください」


「わかった」


「……ペンギン。御苦労様」


「なに、それ」


「……いや、なんでもない」


 俺と彼女との写真を撮るきっかけになったペンギンに感謝。

 暫く進むとイルカがジャンプして観客を集めていた。俺の予想…大当たり。


「高ーい」


 このように人は興味を持つのです。っていくの?彼女はこの手に弱いらしい。


「……ショーは30分あとらしいぞ」


「…やめとく」


 時間には負けたらしい。俺?30分間の暇に彼女と話せるなら別に待ってもいいかな……って思ってました。


「……どうする?」


「『触れ合いコーナー』行こっ!」


 すっかり忘れていた。そのまま土産の方に行きたい。


「……絶対?」


「約束だよ?」


 あれは俺が“うん”と言ってしまったからアレだけど約束じゃなくて強要、もしくは強制な気がするなぁ……。


「……分かりました」


 彼女は俺が嫌いなことを知っているのだろうか。


「何触ろうかな~?」


 知らなさそう。


「潤平君はナマコから」


 やっぱり知ってるっぽいっ!足取りが急に重くなったのはナマコのせいだ……。

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