第8話 水族館デート(ハーフタイム2)
「え?何ていったの?」
騒音に毛された俺の決死の想い。流れ的に俺の精神がおかしくなったのは認めよう。だが、これはどうなんですかっ!俺ただ恥ずかしいだけじゃん!
「……い、いや…何でもない」
流石に2度告白する気力は無い。……いや、告ったことにはならないのか?
「ね~、なんていったの?」
ただの興味でからかっているわけでは無い……はず。それでも俺の精神はガリガリ削られていく。
「……いや」
何か話を切り替える方法は無いものだろうか。きょろきょろと辺りを見回してある1点を見つけて見つめた。
彼女は俺が何を見ているのかわかったらしく口をつむった。……何とか助かったな。
俺は彼女と繋がっているところーー俺の左手の小指と彼女の右手ーーを見ていた。
「あぅ……」
恥ずかしさが込み上げて来たらしい。が、手を離そうとしないのがいかにも彼女らしい。……知らんけど。初めてだし、こんなことしたの。
「……大丈夫か?」
「誰のせいだと……何でもない」
……なぁ。もう少しいいかな。悪気はなかった、とはいえ言い寄られる恥ずかしさは死亡もの。俺には少しだけやり返す権利がある。違いますか裁判長!
俺の中の裁判長が盛大なGOサインを出してくれたので少しだけからかってみようと思う。
「……」
無言の圧力。これが一番強い。現に彼女は顔真っ赤。
「な、何?」
「……いや……暖かいなぁって」
何がとは言わない。けど俺の視線と彼女から、意識している状態ならばわかる。
「…そう?」
「……とても暖かい」
どうしよう。言ってて既に恥ずかしい。
「そう。何が?」
ま、まさかの強烈カウンター。どうする俺。体温が急上昇して彼女の顔が見たいけど見られない。
「……た、体温?」
「誰の?」
美玖の、何て言えたら苦労はしねぇんだよぉ!完璧に主導権を取られたぞ。
「……誰のだと思う?当ててみ?」
「私?」
こういうときはね、そんなクールな返しは望んではおらんのです。恥らって欲しかったです。はい。
口頭弁論、完敗。2連敗だ。敗者は従わなければならないのは絶対のルール。
「……そうです」
「今、嬉しい?」
「……はい、嬉しいです」
「何が嬉しいの?」
大原先生よりも強敵なのかも知れない。
「……小指を掴んでくれて嬉しいです」
「…そんなはっきり言わなくていいのっ!」
“正直者には福来る”ことわざって本当だったんだ。彼女は偶然にも俺のカウンターによって盛大な墓穴を掘ったらしい。
「その、これどうする?」
彼女の視線の先は俺と彼女の手。
「……どうしたい?」
「えぇ…。そこで私に振る?」
「……あぁ。勿論」
「そんなきっぱり言ってもかっこよくは無いからね」
「……はい」
「……」
「……」
沈黙。だけど気まずいとは思わなかった。逆で心地よいと思えるほどだった。
既に辺りはショーが終わって人が居ない。アシカは俺達を見てばしばしと前足をたたいていた。
「次行く?」
「……そうだな」
アシカがどんな思いだったのかは知る由もないが、その行動のおかげで俺達は動くことが出来た。
「……次はどこ?」
「えっと……深海魚?」
なるほど。深海エリアか。これでエリア制覇も近いかな?全く記憶にはないけれど。
彼女が俺とこうやって手を繋いで歩いているのは初めての事。今までも遊びに出かけたり、家に呼んだりしたことはあったが、いずれの場合にしても今のような状況になったことは一度もなかった。何故か。
無理難題が俺に降りかかっても俺はどうする事も出来ないのだ。精々あがくだけである。そしてこの“急にこんな状況に陥っている”理由という問いは無理中の無理だ。
俺の小指……。
考えても駄目だと分かっていてはいる。決意もした。けれどその決意なんて彼女の何気ない動作1つで簡単にそれこそ豆腐のように崩れ去ってしまうだろう。
「潤平君、大丈夫?」
「……何も問題ない。大丈夫だ」
心までも何か温かいもので包まれていく。今なら感想文100枚ぐらい余裕で書けそう。……書いた後は知らん。
「眼が怖~い」
「深海魚だからな」
「長~い生き物」
「リュウグウノツカイってやつだな」
彼女は今までとは打って変わってしきりに俺に話しかけてくる。恐らく、彼女も相当に恥ずかしいんだと思う。だから気を紛らわすために読めばわかることを俺に訊いてくるのだろう。俺も恥ずかしいし良いんだけど。
端から見れば俺達は立派な彼氏、彼女なのではないだろうか。
「も~単調過ぎ」
顔が赤いのは恥ずかしさを隠しきれていないから。
言語がいつもと違うのは脳がパンクしてそれどころじゃないから。
「……恥ずかしいか?」
そんな彼女も可愛くて好きだけれど……。俺はやっぱりいつも通りの彼女が一番好きだから。
「どうして?」
「……話し方と顔、かな」
無自覚であっただろう事実を教えることにしよう。
彼女は赤みが耳まで侵攻した時にやっと意識が回復したようで……。
「ちょっと頭冷やしに行って来る!」
脱兎のごとくどこかへ走っていった。俺はその時には慣れてしまった彼女を見ながら、そっと小指を両手で包んだ。
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