第7話 水族館デート(中半)
カラン……と俺の足に転がってきた缶。中身は無い。俺は嘆息交じりに彼女に伸ばしていた手を引っ込めてその間を拾ってやった。中身がないために捨てておいてやろう。俺も飲み終わったし……と思って立ち上がる。
「入らなかった~。あははっ」
向こうの方で大声で母親らしき人に報告する男の子が一人。俺達しかいないことをいいことに犯行に及んだらしい。クソガキが。しかし、それ以上は言わない。
「どうしたの?」
「……あ、いや…飲み終わったから」
「私も終わった」
「……ほら、ついでだ」
俺は手を出して“コンソメスープ”を受け取った。彼女は驚いた後、待ってると呟いた。いつの間にか通常に戻っている……。
ゴミ箱は自動販売機とは違い、各所に置かれている。そのため、ごみをゴミ箱に入れるなど往復20歩あれば充分である。……あのクソガキのコントロールゥ……。
しっかりと押し込むようにしてごみを捨てておく。
彼女はその間、じっとイワシを見ていたように思う。
俺達の暗黙のルールで“2人きりの時は決して携帯を使わない”というのがある。どちらが先に始めたのかはわからないが、不満は無いのでそのままである。
彼女は楽しいと感じてくれているのだろうか……。付き合いが悪くなった俺と2人きり……どう感じているのだろうか。……いや、それは帰って考えよう。
「……行くか?」
往復17歩程度のときに俺は彼女に話しかけた。
「うんっ!」
彼女は勢いよく立ちあがった。……恥ずかしいので小さいけれどイワシに対して手を振るのは止めて…。
「……次は何のエリア?」
「ん~と、アシカのショーがあるらしいよ」
「……アシカエリアか」
「いや、他にもいると思うけど…」
「……混みそう」
「確かに」
ここは彼女に選択権を譲るべきだろう。俺は今までの様子からわかるように水族館への興味も、海の生物への興味も全くない。あるのは彼女に喜んで欲しい、彼女が喜ぶ顔を見たいがたために前日に調べたのだ。
「でも、見てみたい」
「……そうか、ならいくか」
アシカショーは“この水族館一番の押し”らしく飼育員たちの呼びかけ声が多々聞こえてくる。あぁ……行くから耳元で叫ばないでくれ。休日であるために入場者が多く、アシカショーは立ってみることになった。
「流石にいっぱいいたね」
「……あぁ」
こんなきつきつの状態だが運営側がもっと詰めこみたいのかどんどん入場させてくる。これ以上入れてきたらアシカショーどころじゃないぞ。
「奥の方。もう少し詰めてくださーい。後ろの方が混雑しております。ご協力をお願いします」
誰のせいで混雑していると思っているんだろうか。少し頭を使ってくれ。
「潤平君?」
「ん?……いや、なんでもない」
危ない。怒りで大事な時間を失うところだった。
「詰めてくださーい」
相変わらずの呼び声。それでも民衆は言葉通り従うため、押し寄せる波へと姿を変えて俺の方へ向かってくる。
「潤平君!」
押し寄せる波に吞まれる俺と彼女。
離れるわけにはいかない。離れたくない。一緒に居たい。……
コンマ一秒無い間に大量の想いが脳を通過して全身に知覚させる。
「……握ってろ」
手を差し出す。この状況的に俺が美玖の方へ行くよりも美玖が俺の方へ来る方がはぐれにくいだろう。俺のほうが背が高いし、生半可なことでは動じない。
美玖は俺の差し出した手を握ろうと手を伸ばしたが急にピクリとして引っ込めてしまう。だが、俺はせかすことも動くこともしなかった。ただただひたすらに美玖を待つ。
やがて美玖は俺の小指をひしっと掴んだ。暖かい美玖の体温を感じる。
「……離すなよ」
「…うん」
うつむいてごにょごにょっと答える彼女は俺の袖を引っ張った時のように顔が赤い。恥ずかしいという感情が俺の小指から伝わってきて心なしか俺自身の脈も早くなっていた。あと、手汗やばい。
いつもよりも近いために彼女の匂いが俺の鼻腔をくすぐってくる。
甘い匂い……。
「は、始まったね」
彼女は恥ずかしさを隠すためか無理に話しかけてくる。声が上ずってますよ。
「……そうだな」
俺の声も震えている気がする。……お互い様だったようだ。
アシカショーではアシカが餌を貰って元気よく吠えているところだった。
そろそろ終わりかな……と思った時に彼女が俺の小指を少しだけだが、強く握ってきた。
俺はそれに反応するように小指を少しだけ動かした。彼女は俺の方を向いてきたが俺はショーを見入っているふりをしていると視線をショーに戻して俺の小指を先程と同じようにぎゅっと握った。
俺の頭の中にはアシカショーなんて入っていない。ただ、彼女とのこの時間を楽しんでいたように思う。
視覚からの情報はすぐに記憶からは消去されるが脳に少しの間だけ存在する。……とても邪魔。
……少し恥ずかしいけれど。
「……み、美玖」
ピクリと反応したのが分かった。ちなみに俺が面と向かって名前を呼んだことは無い。だからかな。
「な、なに?」
このどうしようもない気持ちは今の状況の助けを得て伝えておきたい。
ショーでは最後の演目としてアシカのフライングキャッチをするらしい。
「……俺とさ…」
もう、こんなことを言っても仕方がない。俺と彼女はそれを既に通り越している。だが、言いたかった。言わなければいけないと感じたのだ。
「うん」
彼女は俺がもう一度
「……付き合ーー「ザッパーン!!」「うぉおおおおお!!」
アシカが見事に演技を決めたらしく、歓声と拍手によって俺の声は簡単に消し去られた。
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