第5話 水族館デート(前半)

 待ち合わせと言えば……。


『ごめ~ん、待った?』


『いや、今来たところさ、』フッ


 俺はそんな約束はしない。だってそいつ絶対10分前から待ってるよ。夏は暑いし、冬は寒い。馬鹿じゃねぇの?

 そんな俺はに20分前からスタンバイOKなんだけど……。

 ただ誤解のないように付け加えると俺は店でコーヒーを飲みながら待っている。昨日楽しみすぎて眠れなかったからな。ぽっくり寝てしまわないようにカフェインの摂取を。


「お待たせ」


 後ろから声が聞こえた。それも20分前から待ち続けた主の声。決して顔には出さないが、心が満たされる感じがする。


「……おう」


 感じはするのだが……声は緊張していていつもより固い。

 彼女はあまり気にしていないようで俺の目の前に腰を下ろした。この瞬間、デートプランスタートである。

 精神状態よし。有り金よし。カフェインよし。準備万端。あとは臨機応変さだけ。

 俺がそんなことを考えている間に、彼女は注文をしていたらしく、彼女の元には俺と同じコーヒーが置かれていた。


「……眠いのか?」


「昨日眠れなかっただけ」


 すっと手を伸ばし、一口、コーヒーを啜った。どうやら彼女も夜更かしをしたらしい。勉強か、生徒会か、どちらにしてもご苦労様と脱帽である。


「……お、お疲れ様」


「え?なんて?」


「……いや、なんでもない」


 結構恥ずかしかったので2回目は勘弁してください。俺の精神状態、自滅により1割消失。


「今日は何処に行くの?」


「……水族館はどうかと」


「分かった」


 プランを練っておいて良かったぜ。俺と彼女は両方が終わるのを待って同時に店を後にした。

 金。俺の所持金は、毎月の小遣いと今まで使わず貯金に回っていたので相当な額がある。同年齢と比較した場合、ではあると思うが。友達がいないので確信が持てない。

 基本的に会計は俺が支払い、彼女から“ここは払うよ”と言ってきたときのみ、払ってもらっている。俺にとって自分の金は他に使い道がないため全然苦ではない。むしろ嬉しいぐらいなのだが、彼女はそれをあまりよくは思っていたいようだった。

 今回のコーヒー代も俺が両方払いました。


「あ、ありがとう」


「……おう」


 この礼で十分だと思えてしまう俺は十二分に彼女に侵食されているという事なのだろう。

 今日、俺が選んだ水族館は結構大きな水族館で展示する種類は300種類で数にすれば約10,000匹もいるらしい。

 俺がこの場所を選択した理由は2つだ。

 1つは、水族館は暗いため、顔見知りがいたとしてもわからない。そのため、“松平君”と呼ばれることは無いはずだという事。

 もう一つは、一つ目と同じようなことだが、水族館は暗い。そして土曜日のため入場者数も多いことが容易に想像される。つまり、はぐれる危険性が高くなるから……。ええいっ!本音をはっきり言えば手を繋いでみたい。

 俺に胆力があれば容易なことなのだろうが、そんなものがあればとっくにキス位まで言っているんじゃないの?むしろ友達たくさんのパーリーピーポーじゃない?


「到着!」


「……あぁ。そうだな」


 いかん。変なことを考えていたら直視できなくなったぞ。手汗がヤバイ。

 彼女は声色からもわかるように、楽しんでいるようだ。喜んでくれて何よりである。

 入場料を支払い(勿論、全額俺負担)無事入場。最初に俺達を出迎えてくれたのは安定のクラゲさんだった。ふわふわと水中を浮遊していてとても楽そう。俺、転生したらクラゲになりたい。


「あれ見て!とっても小さいよ!」


 彼女が指を指示した先には卓球のピンポン玉よりも小さいクラゲが居た。


「……どれ?」


 腕を引っ張り連れて行ってもらいたい。だが、そんな俺の思いを知ってか知らずか、ーー恐らく知らないだろうがーー彼女は一人でどんどん進んでいく。まぁこれが俺達の平常運転。

 じーっと見入っている彼女をじーっと見やる俺。どうして俺がこんな彼女を持っているんだろうか。俺が占領してしまっていいのだろうか。もったいない。……少し現実を見過ぎた。視線を落とすと無防備な右手。俺の左手を見ると、こちらも無防備に開いている。

 ……いくか。俺が手を出して掴もうとしたその瞬間…


「次行こ」


 クラゲには満足したのか奥に歩いていく彼女。俺は手を止めて硬直していた。

 危なかった。俺の背中と手に変な汗が滝のように流れてくる。

 俺は彼女の後ろを追いかけた。これが俺達の形。最初から今まで、何も変わらない……。いや、変えられなかった形。


「潤平君?」


 目の前には先行していたはずの彼女がいた。


「……先に行っていたんじゃないのか?」


「気付いたらいなかったから……戻ってきた」


「……次は何だっけ」


 今は変えられなくてもいい。


「次はイワシの大群だって」


 パンフレットを広げて探す彼女。俺と彼女の距離が不自然に開いていたとしても。


「……食べたら美味しそう」


「えー」


 俺達が変化を望んだ時が来るまでは……


「ふふっ」


 この笑顔があるだけで良いと思う事にしよう。


「……どうした?」


「ん~ん。楽しいって思って」


「……そりゃよかった」


「でもね」


 パンフレットを閉じ、頬を赤くしてもじもじしている我が彼女。今にも湯気が出てきそう。

 彼女は俺の方へと一歩詰めてきた。心なしか更に赤くなっている気がする。


「この方がもっと楽しい」


 彼女は俺の袖口をちょこんとつまむとくるりと背を向けた。俺はこんな彼女が好きなのだ。


「……かもな」

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