第2話 放課後に労働

 俺は自慢ではないが部活に所属していない。しかし、今、呼び出しをくらい、職員室に座っていた。呼び出されるようなことは何もしていない。というよりも何もしなさすぎで呼ばれたのだろうか。


「待たせたな」


「……いえ、大丈夫です」


 何が大丈夫なのだろうか。

 俺の目の前に座っているのはクラス担任の大原美海先生だ。口調は男っぽい、が名前と外見で女だと容易に判断できる…はず……。肌の艶的に?

 先生はスーツの上に白衣を着ているが、その間に髪を入れ込んでいるため、髪の長さでは計れない。手には缶コーヒーを持ち胸元には四角い箱状の物体があった。丸い膨らみよりも目立つそれはタバコである。以上の理由から大原先生は男。QED、証明終了。……って違うけど。


「……俺に何用っすか」


「連れないことを言うなよ、松平」


「……」


「ゔゔんっ!今日君を呼んだのは委員会に……」


「お断りします」


 右手で拒否の動作を行う。俺は基本的に言いたいことは言う男なのだ。


「暇だろ?」


「……いえ、家の事情が…」


「君の家がほぼ無法地帯なのは知っているぞ」


 俺の両親は共働きで家にはいても俺一人である。そしてその事を先生は知っているらしい。


「……いや、家事が…」


「それは親だろ?」


「ふぐっ!……日課が」


「どんな日課だ?」


「ぐっ!……愛犬の散歩に…」


「君の家はペット禁止だろ。むしろ君がペットで放し飼いじゃないのか?」


 口頭弁論、完敗した。俺には手札が残されていないぞ、どうする。適当に誤魔化して逃げよう。そうしよう。

 俺が逃げようとしたことに勘づいたのか先生は攻守一転、攻めに転じた。


「松平。隠し事をしているな」


「……な、なんのことでしょう」


 最早、勝負は決したようなものだが先生の攻めは続く。


「そうだな、例えば……瑞山の事とか」


「……それは気の迷いできっと…」


 語るるに落ちるとはまさしくこのことだろう。俺は平静を装うが時すでに遅し。


「出来ればこのような風に言いたくはないのだが……松平、バラされたくなければ委員会か部活に入れ」


 嫌だ、と一言いえば終わりだったのだろうが俺はそうすることが出来なかった。あと、教師って聖職者だよね?脅迫してきたよ…。


「……面倒のないやつで」


「そうか、ついにやる気を出したか。先生は嬉しいぞ」


 この人は自分のした事を忘れているのだろうか。

 俺はこの瞬間から学校の手足となって働く労働力の1つとなった訳だが……何をすればいいのか。面倒のないやつと言ったが何もしないのと比べて確実に面倒になったのは事実。そして目の前には聖職者の「せ」の字も見当たらない我が担任。


「……はぁ」


 脅迫されたと美玖に言うべきだろうか。そうすれば確実に俺は何もしない生活に帰ることが出来るだろう。

 だが、俺はその手段を選ぶ気にはならなかった。


「ハッタリまで使ったんだ。しっかり働いて貰うぞ」


「は、ハッタリ?!」


「端山とお前の関係など知らん。知っているのは松平、お前の態度と性格だけだ」


 ひぃっ!……お、恐ろしいっ!今、全力で校長室か交番に逃げようと思いました。鳥肌が止まらん。


「……で、俺をどこへ連れて行こうと?」


「聞いて驚けよ……実は…」


「うわぁっ!」


「……」


「……いや、お約束で……。何にもないです」


 先生にはお約束が通じないらしい。メモしとこ。俺は脳内の“大原先生リスト”にお約束✕と加えた。


「君には再起部とこれからの委員会を全てやってもらう」


 再起部。恐らくこの学校でしか存在しなかい部活。内容としては“何でも屋”だった気がする。……のだが少し待て。俺は面倒ではないものをと頼んだはずだが……そしてさりげなくこれからの委員会全てと言いました?!

 冗談ではない。再起部は通称奴隷部。労働位階、安定のワースト一位である。俺とは無関係の奴らが……ふっ物好きなことだ……と思っていたあの再起部。


「……横暴だ」


「何とでもいえ。だが、決定事項だ」


「……委員会も全て?」


「立候補者が他に居なければ、という条件だがな」


 救済措置、と諦めるしかなさそうだった。


「……はぁ……わかりました」


「よし、ならば挨拶に行くぞ」


 一番嫌なことは初めましての挨拶だ。苦手意識しかない。あの忘れもしない中学生の時ーー


「おい、松平。どうした?」


 気付けば先生は先行しており、不思議そうな顔をして此方を見ていた。


「……何でもないです」


 俺は駆け足になって先生の後ろについた。隣はいろいろと駄目な気がしたのだ。俺が思うにこの人はまだ独身で彼氏すらも……


「松平、何か失礼じゃないか?」


「何もしていませんが」


 危なっ!俺という唯一無二の素晴らしい存在が呆気なく死ぬところだった。先生も感覚的なものだったらしくそれ以上深くは訊いてこなかった。

 暫く先生と2人きりで廊下を歩いていると犯罪者の感じがしてくる。公開処刑というやつ。俺はむしろ背中に「法」という絶対的な盾を持っていたはずなのに何時しか脅迫に屈して今では犯罪者様である。“勝てば官軍”という言葉が脳裏をよぎる。


「ここだな」


 申し訳程度の看板には大きく「再起部」と書かれてあり、金がないと思わざる負えない。先生は特に気にした様子は無く扉に手を掛け一気に開いた。御開聞である。


「先生、ちわーっす」


「仕事ですか?解散ですか?」


「まぁ待てお前ら。それに新山、そのどちらでもないぞ。今日は新しい仲間を連れてきてやった」


 もう嫌だ。家に帰りたい。一人で家でゴロゴロしたい。


「では改めて。松平」


 先生はくるりと俺の方へと向き直りーーー


「ようこそ。再起部へ」

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