第一章『彼女との関係』
第1話 反比例の法則
俺ーー
「何故義務が終わったというのに囚われているんだ……」
独りで愚痴たのは俺に友達と呼べるものが居ないからに他ならない。ぼそっと呟いただけなので誰も気付いた様子は無く、むしろ空気として今日も扱われていた。
俺の名前には二つの「平」がある。そして俺は名前について1つ、いや2つ程、言いたい事がある。それは俺が全く「平」ではないという事だ。小学生や中学生の時と比べて性格がアレになってしまったのは認めよう。しかし、平凡にすら俺はなっていないのだ。いわゆる落ちこぼれな。
そしてもう1つ。「潤」の字も気に入らない。俺のこの状態を見ろ。机には2時間前の教科書と白紙で申し訳程度に広がっているノート。紙類は準備万端だが筆箱はなく、書く気はゼロである。ついでに頭はすっきりでノートと同じように真っ白だ。この状態から誰が潤っているって?むしろ乾燥している気がする。松平乾平。……少し面白い。
時は放課後であり、何をするのも自由な時間である。勉強するのもよし、図書室で読書するのもよし、帰ってもよし。イチャイチャするのは……禁止な。爆ぜろ。いやもうはげろ。
俺はその中で帰る、を選択した。どうせ、この高校に残ってすることは何も……1つ忘れていた。俺は先程友達はいないと言ったが彼女はいる。……おかしいのは分かるがこれは事実で現実である。
「……どうしよ」
彼女とは小学5年生からこの関係になった。しかし俺達の関係性は特殊で独身時と大差はない。時たまに一緒に帰ることもある。ホント時たまに。
忘れていたのはその時たまのことだった。久しぶりにメールで“一緒に帰ろ”と一文送られてきたのである。
俺に拒否権は無く、自由権もない。奴隷かな?しかし、俺は本当に彼女のことが理解できない。何故、こんなにも思春期をこじらせてしまった俺に愛想を尽かさないのか。そしてもう1つ。どうして彼女はあんなにも変わってしまったのだろうか。
「取り敢えず、片付けするか」
手際よく片付けながら理由を考える。彼女ーー端山美玖ーーは大人しい子供だった。恥ずかしがり屋で人見知り、その控えめな性格は体つきにも表れていた。小学5年生で俺の理想通りならそれはそれで一歩引くが、なんというか理想とは真逆の人間だった。
俺が告白を受けた理由も俺の当時の性格も全くいまでは分からないが、今日も俺は隠れリア充として生活していた。
いや、でもね、俺の言いたいことも聞いてほしい。当時の俺はアレだったからいろいろと妄想をするわけですよ。名前呼びや手繋ぎデート……。しかし、次の日に待ち受けていたのは何も変わらない日常だったんです。美玖も話しかけてこないし、というより更に話さなくなったし…。美玖って呼べるのは心の中だけである。独りって最高。
まぁ、時が経つにつれて俺は堕落していったわけだが……。どうしたことか美玖は年々進化を遂げて行ったのである。何の進化か?それは……見て貰った方が早いし楽だ。
「遅い」
誰もいない教室。片付けが終わった自分の荷物。俺は黒板を睨む。特に深い意味は無い。
そして思った。教室の施錠……俺?
携帯電話が面倒くさいと思いながら立ち上がった瞬間に鳴った。
この間の悪さには見ているのか…と疑いを持つほどだ。
「……もしもし」
「あっ!繋がった。仕事終わったよ」
「……はいはい。お疲れさん」
「靴箱でね」
通話終了。俺は鞄を持ち、鍵を職員室へと返した。電話の相手は勿論、美玖である。仕事というのは生徒会のことだ。何か質問は?では次だ。
美玖は高校生になって俺の理想に近づいた……とはまた違うが変わった。恥ずかしがり屋名大人しい性格は何処へ?と訊ねたくなるほど今では、躊躇なく意見を言い、活発な目立つ女の子に成長した。俺とは反比例なのかな?
美玖は友達に俺との関係を言っていないらしい。俺がこんなのだからだろうか。俺の方は友達いないので問題ない。美玖の俺に対する態度は最初に比べて随分と素っ気無くなったことも付け加えておこう。
「……ま、またせた。悪い」
「…大丈夫」
俺が散々話していたご本人が目の前に居た。背は俺よりの頭1つ分小さい。髪は茶色のロングで自然体にしてあるが、はねている毛や痛んでいる髪がないことから手入れは欠かしていないことがわかる。目はやや切れ長で黙っていれば冷酷に見えそうだが、美玖も無意識だとは思うのだが、口角が少し上がっているため、朗らかな表情になっている。俺の反比例の法則は性格と体格についても証明されるようで女性特有の身体つきになっておりよく強調されている。実際、他人よりも発育は良いに違いない。そして左胸のポケット中には生徒会用のメモ帳と眼鏡が入っていた。
俺の観察眼スゲェ……。良くやった。
と、気付いた時には美玖は既に数メートル先を歩いており、慌てて後を追った。
「…学校どう?」
来た。一番答えに困る問い。回答は3つ。楽しい、楽しくない、別に、である。実際の本音と訊かれれば迷わず楽しくない、を選択するが美玖は生徒会の一人でもある。そんな人に真っ向から対立なんてできない。怖い、助けて、保護して警察官、である。
「……別に」
「…そう」
結局、会話は終了である。無言……。これが俺達の関係。ある馬鹿が言った。“恋愛は自由だ”と。俺は言ってやりたい。“へたれのために線引きをしろ”と。義務になればやらざる終えないため、するだろう?だが、自由だとどうしてもやりづらい。
無言だと歩きに集中する為、速くなる。俺は隣というよりも後ろで何とかついて行っている。周りから見ればストーカー。犯罪者である。どうか通報しませんように。
気付いたら美玖の家の前だった。三階建ての白を基調とした家。庭も広く、止まっている車はベンツ?フェラーリ?ともかく外車である。豪邸だ。
「うち来る?」
「……い、いや、今日はいい」
「そう」
「……帰るわ」
「うん、さよなら」
「……おう」
美玖の姿と沈みかけている夕日がいいマッチングで言葉を失ってしまった俺だったが、気付かれただろうか。いや、気付かれなかったと思いたい。
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